2007年9月30日日曜日

パワーストーン水晶に気を入れてみた その1

 こんばんわ。
さて、前回はパワーストーン、トルマリンについて少しお話しをしました。

今回は数あるパワーストーンの中でも、
“万能”と言われている石についてお話しします。

水晶です。

よくパワーストーンでは、
 恋愛運アップ、
 インスピレーションが得られる、
 仕事運アップ、
 金運アップ、
 不運を吸収してくれる、
などなど、色々な効果があると言われていますが、
この水晶はその全てを、
時、場所、状況を問わずに効果があると言われる石です。

また、
よく言われる“気”が入りやすい石だといいます。
占い師が使う石は必ず水晶玉ですが、そんなことからでしょうか。



中国に行った時のことです。
とある石マーケットに行きましたが、さすがは中国。
その巨大さはハンパありません。
一言で言うと、簡単に迷えます。

私は当時の彼女に、水晶のブレスをおみやげとして買いました。
自分の分も買いました。
よく見る、こんなやつです↓


そこには数人で行きましたが、その中に某会社社長も一緒でした。
その方は“気”を操れる人で、
本業ではないですが霊を払うこともできるようです。

ホテルに戻り、話しの流れから、今日買った自分の水晶に、
良い“気”を入れてもらえるという事になりました。

その方は私の水晶ブレスを手に持ち、目を閉じ、集中しています。
やがて、

「は!」

「派!!」

「覇!!!」

「波!!!!」

その勢いは怒涛の如くです。
無事、良い“気”を入れていただき、装着。
付けた感じは何も違いませんでしたが、“気”は入っているのでしょう。



ところで・・・
<次回に続きます>

2007年9月26日水曜日

動けば雷電の如く 発すれば風雨の如し

幕府の作法で、
将軍の顔というのは大名でも見ることができない。
江戸城での拝謁のときは将軍は上段の御簾のなかに坐し、
御簾があがっても
諸大名は平伏したままで顔をあげてはならないことになっている。
たとえ上目でも将軍を見ることは非常な非礼とされていた。

江戸では寛永時への墓参のときなど、将軍は市中へ出る。
しかし乗物を用いているため、
江戸の市民でも将軍の顔をおがむことはできない。

が、この異例の行幸の異例さの第一は、
将軍が馬上で全身を衆目の前に曝していることであった。

(こんな若者だったのか)
と、
晋作は近づいてくる徳川家茂の騎馬姿をながめて意外な思いがした。
存外、可愛げではないか。

ひとびとはみな土下座している。
が、晋作だけは顔をあげていた。

「いよう。――」

と、この男は、
花道の役者に大向うから声をかけるように叫んだ。

「――征夷大将軍」

といったとき、
さすがに連れの山県狂介らも顔色をうしなった。

家康以来、
天下のぬしに対してこれほどの無礼の挙動をとった男もない。
そういう事件も、徳川三百年間、一件もなかった。
もしあったとすれば、
ただの刑では済まず、鋸挽きの刑にでも処せられたであろう・・・。

<司馬遼太郎著“世に棲む日日”より抜粋>

この男、天才にして大不良です。
世が太平の世なら、確実に政治犯人です。
神出鬼没、機略縦横、電光石火のこの大不良が事件を起こして、
クーデター起こして、もう滅茶苦茶やります、
ニッポン回天の為に。

間違えない
この大不良がいなければ日本の回天はあの時、
あのようにはなっていなかった。。。

私は今まで、
古今東西誰と一番会いたかったか、と言われれば、
布袋のアニキでしたが、今は違います、
この天才に、会ってみたい。


今日はその天才高杉晋作の、誕生日。

なかなか、タフなんです。

ビール瓶を、チェーン展開している「AM PM」というスーパーに持ってゆくと、
1シュケル(現在約30円)もらえる(1本につき)
という情報をゲットしました!!!

早速、行ってみました。



どこで1シュケルと交換してもらえるのか店員に聞くと、

あの人に聞いて」

はい、その“あの人”に聞いてみると、

あの人に言って」

はい、はい。

その“2人目のあの人”に聞いてみると、

「ちょっと待って、待って!」



・・・ん~しょ~がないなぁ、
・・・先に弁当買うか。
あ、そうだ。ついでにAM PMのポイントカードを作ってもらおう

まず、レジにて弁当を温めてもらいます。

そして、
「ポイントカード作りたいんだけど。。。」

「ノー!!!」

おいおい、断られちまったよ・・・。

「WHY?」

「・・・。」

ってか、悲しい事にその理由がわかるんです。

明らかにパニクッてるんです、この人。
私は弁当温めてもらって、レジには4人くらい並んでて、
次の人なんか「早くしてよ」的にせかす。

そんな時に俺がポイントカード作りたいなんて言うから、ノー。
(ってか、これしきのことなんですけど。。。)



もう・・・しょうがないなぁって外を見てみると、
さっき「待って!」って言ってた“あの人”携帯でくっちゃべってるし。

なかなか手強いのが揃っています。

やっぱ、教育ですな。

2007年9月24日月曜日

砂丘

 関東在中の先輩が友人に電話をしたそうです。

先:「今どこにいるの?飲み行くか」

友:「鳥取だよ」

先:「何でいきなり鳥取にいんの?」

友:「バンカーショットの練習に来た」

たしかに全部バンカーだ。





そのまま海に繋がっている、というのが良かったです。
砂丘を越えたら、、、海って感じで。



そうだ 鳥取砂丘、行こう。


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2007年9月20日木曜日

イスラエルの贖罪日

本日、イスラエルはヨムキプール(Yom Kippur)という日になります。

イスラエルの民が
一年間の罪を悔い改める最も厳粛神聖な日と言われているものです。

何をするかと言うと、何もしない。
食べてはならず 、電話してはならず 、車運転してはならず、、、
とにかくすべての労働が禁止されます。
エレベータのボタンも押しちゃいけない、だとか。。。

もっとも、こういった風習を守らない人もいます。
(特に若い世代、どこも同じですね)
でもでも、
毎週土曜日の安息日を何とも思わない人々もこのヨムキプールは
一年に一回ということもあるからか、その90%が守ってるんじゃないか、
とも聞きます。

本当に道路から車は消えるそうです。

本当に、何もしない。

すると、
「イスラエルを攻撃したい隣国の国々は
 この日を放っておかないのではないか」

という疑問が沸いてきます。

ありました。
いわゆる、1973年のヨムキプール戦争(第四次中東戦争)

ヨムキプール。


また日没からですけど・・・。



PS,ところで、何もしない日、と言えば、友人が安息日である
   土曜日に車を運転してエルサレムで道に迷ったことがあるそうです。
   迷い込んだその場所は、すでに信仰が強~いエリア。
   既に殺気を感じられ、
   「お前、殺されるぞ!早く出て行け!」
   などと怒鳴られたそうな・・・。

2007年9月19日水曜日

ジョン万次郎を考えてみた

 中濱万次郎、という人物がいる。


1841年、14歳の時に手伝いで漁に出て漂流したことが、
日本を回天に導きました。

彼とその仲間は奇跡的にも伊豆諸島の無人島、鳥島に漂着し、
さらにたまたま通ったアメリカ捕鯨船ジョン・ハウランド号に救われます。
→だから、ジョン万次郎

共に救われた大人達は途中のハワイで降ろされるが、
万次郎は船長にも気に入られ、
本人の希望から航海を続け、アメリカにも渡ります。

1851年、無事帰国。
時にペルリによる黒船が来る2年前。


帰国してからは当然のように開国派、河田小龍などがこれに影響を受け、
strong>坂本龍馬は河田小龍より西洋事情を学ぶ。
(ジョン万次郎、河田小龍、坂本龍馬、共に土佐人)

それにしても当時の日本は鎖国。
日本を出ることは国禁となっていた中、
しかもペルリの来航2年前に無事帰国とは、
歴史は時に映画よりもドラマティックであります。

万次郎は、この鎖国中の日本においてアメリカ本土に初めて渡り
民主主義を見た人物であり、
初めて鉄道蒸気船に乗った日本人。



この時期、
同じように海外に渡る決心をした志士がいます。
この志士は、失敗すれば死刑であるのにそのを持ち、
沖に漂泊している黒船に向かって泳ぎ、武士のである刀を捨てながらも、
死にそうになりながらもついには泳ぎ渡り、交渉しますが拒否されます。


吉田松陰寅次郎、かの安政の大獄にて死刑、斬首。
「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」


事情はどうあれ、海を渡る決心をした男が、ここに2人いる。
一人は海を渡り、それが重宝され、国にさまざまな貢献をした。
もう一人は海を渡れず、それがきっかけで斬首となった。

さて、彼の死は犬死だったのか。
いや、そんなことはない。
彼は彼自身が死ぬことにより、回天の大事業をやってのけた。
彼らしいやり方である。

そういえば、本日は二十一回猛士・吉田松陰の誕生日だ。

2007年9月18日火曜日

琉球國

 沖縄が明治になるまで琉球國という一つの王国だったことは、
意外と濃い知識ではないようです。

琉球王朝の王城、

首里城。

現在のものはそのほとんどが復元されているものですが、
かつての琉球國であったであろう雰囲気がかなり漂っています。

ここに薩摩武士、島津家が攻めてきたわけですが・・・



そうだ 沖縄、行こう。


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爺婆岩

世界のどこかに、こんな岬があります。


爺岩。




婆岩。

それは自然の力で形成された岩。

つまり、波の力で何年、何百年、何千年も削られ続けてできた岩。

いや、マジなんスよ。

50Mも離れてない場所にこう・・・

存在されているんです。

名づけて、爺婆岩。(直訳すると、こんな)



そうだ 爺婆岩、行こう。


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2007年9月16日日曜日

サマータイム

サマータイムの国。


●青色● 夏時間を実施している国・地域
●橙色● 過去に夏時間を実施したが現在は行っていない国・地域
●赤色● 夏時間を実施していない国・地域

イスラエルでは、昨日からサマータイムが終了し、元の時間に戻りました。
具体的に言うと、1時間時間を戻すことになります。

昨日の午前2時の時点で、午前1時へ。
「この時間帯に約束する人ってやっかいですよね」
な~んて話のネタで切り出したいところですが、
夜中だし、実際には1年に2回、→やっかいでも何でもありません。


それよか、時差の境界線に住んでる人なんてのは、どんなんでしょうね!
国で分かれてるところはいいでスけど、
アメリカなんてのは同じ州でも違うところがあるってぇんだから、
てぇへんだ!てぇへんだ!

何か工夫がされてるんでしょうか。
どなたかご教授ください。

2007年9月12日水曜日

夏の怖~い話 【番外編3】

 またまたまた、もんさんよりコメントをいただきました。
いつもありがとう御座います。

それにしても、また。

http://www.newsclip.be/news/2007910_015207.html




・・・何だかこのブログ、

華は桜木、性器切断ブログ

みたいになってきたので、今回で最後にします。

2007年9月11日火曜日

イスラエルで新年を迎えてみた

シャナトバと言います。




日本は1月・・・




中国は2月・・・




タイは4月・・・





そしてイスラエルは本日、

正月、新年を迎えます。





日没からですけど・・・。

2007年9月10日月曜日

夏の怖~い話 【番外編2】

またまたもんさんよりコメントをいただきました。
ありがとう御座います!


するとまたまた!

http://www.newsclip.be/news/2007909_015189.html



いや、切られる切られる聞いてましたが、ここまで切られるとは!



しかも、何ですか、
ニワトリに食べさせたて・・・
















風船につけて飛ばした
とかもタチ悪いですから。






伝わりましたでしょうか・・・、

僕の、

窓の外の足音が怖くて、引っ越す心境が・・・

海ほたる

 車が通れる海底トンネルとしては、
世界最長を誇る東京湾アクアライン海底トンネル。

途中、サービスエリアの海ほたるもなかなかオツなもんで御座いやす。
360℃が海、海、海。


信長も、秀吉も、家康も、そして龍馬も目にした、

富士山も。




そうだ 海ほたる、行こう。


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2007年9月6日木曜日

運送会社が、銃を持っている

 現在のオフィスに来る運送会社はを持っている。

“イスラエル”“ダイヤモンド”が揃うと、


運送会社までもがを持つのか・・・。

一般人が、ガンを持てない国なのに、

なるほどです。

夏の怖~い話 【番外編】

先日の話について、昨日もんさんよりコメントをいただきました。
ありがとう御座います。

見てみると早速!

http://www.bangkokshuho.com/news.aspx?articleid=3287










僕等が普段、何気に日々を過ごしている時にでも、
誰かが・・・





タイはご存知、世界中の人がハネを伸ばしに来ます。
日本人も例外ではなく、
というか、一番手軽に行ける場所の内の一つではないでしょうか。
でも、ナメると時々やられます。

タクシーの運ちゃんとよく喧嘩をする日本人を目にしますが、
数年前にJALのスチュワーデスが銃で撃たれたそうです。

また、夜出逢った人と気が合い、飲んでいて気がつくと路上だった。
なんて。
この睡眠薬の手口は結構被害届けが出ているそうです。
僕も一回、助けを求められたことがあります。

日本パスポートは10万円くらいで、売れるそうです。
その10万円も、例えば月2万円の給料だと違う価値に思えてきます。

2007年9月4日火曜日

タイの警察権

私が学生の頃、友人がタイに行ってハマって帰ってきました。

何やら帰りの空港までの高速が渋滞していて、
そのバスではもうフライトが間に合わない!
という状況だったようです。

そこにドライバーが連絡したからか、たまたま近くにいたのか忘れましたが、
何とパトカーがサイレン回して空港まで先導してくれたようです。



これに加えタイ人の笑顔。
彼女はタイ語を勉強しはじめ、「また行く!」と言っていたのを覚えています。

それから数年後、何と自分がタイに住むことになろうとは。

現地に住んでいた時聞いた話ですが、
「日本円にして数千円渡せば、パトカーは先導してくれる」

ホントなのかなぁ。

2007年9月3日月曜日

聖地、喜多方に行ってみた

 陸奥 喜多方

総人口5万5千余とそれほど大きくないこの街に、
なんとラーメン屋は約120軒。

札幌味噌博多豚骨と共に
日本三大ラーメンの座に威風堂々と君臨する喜多方ラーメン。
まさに、ラーメンの聖地と言っても過言ではありません。

この街に入ってまずしたこと。
そりゃ、決まっているじゃないですか。
源来軒に直行。

ここは、れっきとした、喜多方ラーメン発祥の店。

その高名はもはや天下の知るところ。
だから、直行

やばいです。
源来軒、やばい。

これは、どんなに遠くても、行く価値アリ。

この一杯は、極めています。

ところで、私が行った時には何かキャンペーンをやっていて、
なんだっけなぁ、
「超大盛りをスープまで食べきると・・・」とか、
「何店かのラーメンをいついつまでに食べきると・・・」とか、
たしかそんな内容のことを達成すると、
なんと、
喜多方のラーメン屋で使える一生タダ手形みたいなのを発行してました。

すごくないですか、一生ですよ?

そうだ 喜多方、行こう。
それも 源来軒、行こう。


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