2010年2月26日金曜日

下戸宣言

 私の名前は、下戸です。下に戸と書いて、下戸(げこ)です。下戸と呼んでください。



そう。思えばもう、あれから12年も経つのだろうか。僕は地元の高校を卒業して、都内の専門学校に行った。1学年に700人ほどいるので、専門学校としては、なかなか人数が多かったらしい。そこで、人生初めての衝撃を受けるのであった・・・。

話はさらに遡る。僕が人生で初めてお酒を飲んだのはいつだっただろう。父がよく飲むので、ビールの泡の部分を飲んで「にがい!まずい!」と思ったのをどこかの記憶で覚えている。勿論、そんなのは飲んだ内には入らないが、とにかくそれが初めてお酒に触れ合った瞬間だろう。

本格的にお酒を飲むようになったのは、中二くらいからだろうか。友人の家が所有する牛小屋が、山の頂にあり、周りに民家がないもんだから、もう騒ぎまくり。屋根の上とかで騒いでも、そこには僕等だけの青春しかなかった。二十人くらいで飲んで、歌って、ゲロ吐いてた。

年頃なもんだから、毎回誰かしらが意中の人に電話をして告白する。告白したその誰かが付き合うと皆で祝い、飲んで、まるで自分のことのように喜んだ。また、告白したその誰かがフラれると皆で慰めあい、励まし、やはり飲んで語った。今でも実家にある写真には、皆が泣いている。付き合っても、フラれても、それが酒の肴になっていたのであろう。

この牛小屋飲みは好評で、回を重ねていった。とは言っても、まだ小僧なので、飲み方もロクに知らない。揃っている酒も、コンビニで買い揃える程度だ。だいちゃんスペシャルというものがあって、ウイスキー、日本酒、ビール、焼酎などをだいちゃんがバーテンダーのように混ぜる。いや、バーテンダーというのは話を盛り過ぎた。“山賊”といった方が適当だろう。それがひどくまずい。味はまずいが、ノリという当時でしか理解できない動機で、飲む。

みながみな、自分の限界を知らないもんだから、自分がどれだけお酒を飲めるのかが解らないもんだから、飲む。もしくは、「吐いた分だけ酒は強くなる」←こんな言葉を信仰して、飲んだ。うまさはよく解らないが、そんなノリだったり、迷信があって、とにかく飲んだ。だいちゃんスペシャルを飲んだ。だいちゃん、元気にしてますか?

だもんだから、次の日の朝は、決まってそこら中がゲロだらけだった。ひどいもんだった。牛小屋は2階建てとなっているが、階段の下に靴を置くと必ずゲロを吐かれるので、みんな靴を高いとことかに隠すほどであった。牛小屋ならず、ゲロ小屋だ。

はじめの内はみんなで片付けていたが、回を重ねるとその内早朝みんなが寝静まっている頃に勝手に帰る者も出始めた。ゲロ逃げだ。でも、どんな時でも活躍する者もいた。「風神」という掃除機だ。なんとも古い掃除機で、名前だけが妙に威勢がいい。吸引力は強くなかったが、いや、もっと言うとタコの吸盤の方が吸引力がありそうなものだったが、誰もそのことは口にせず、風神で掃除してた。

いつしかその牛小屋も閉鎖されることとなった。あまりにも僕等のマナーがなっていなかったからだ。いや、真相は、あまりにも僕等のゲロがひどかったからか。かっちゃん、ごめんなさい。それにしてもあの牛小屋は、いつまでも僕等の伝説として、生き続けることだろう。

行き場を失った僕等は、次の戦場を探し求めた。20~30人が飲んで、一晩中騒げる場所を求めて。そして、僕等にそんなに時間はかからなかった。山全体が公園になっている公園がある。夜間は閉鎖されていて、通常 中には入れない。ここに、飢えたハイエナのように夜も更けた頃、夜な夜な集まるのであった。

とは言っても、酒の内容は大して変わらない。コンビニだ。眞露なんて、鉄板。相変わらず、そんなお酒を飲んでは騒ぎ、飲んでは吐くのであった。忘れてはならない、「吐いた分だけ酒は強くなる」はずだった。

とある宵、一人が脱ぎだした。まぁ、酔っ払うとよくある若者のノリである。全裸である。それに続いて別の者が脱ぎだした。全裸である。「ち○こブラザ~ズ♪」などと歌って踊りだす。ぷらんぷらんしながら踊りだす。その内、もう一人増え、三兄弟になった。この兄弟の得意芸は、上の口ではなく、下の口でお酒が飲めることらしい。その割には、「痛い!」とか言って奇声をあげる。おい、ブラザーズ、痛いならやめろ。とお思いでしょう。違うんです、はじめこそ自分でやっていたが、その内周りのモノにはがいじめにされ、強要されている。

とにかく。この奇声が、まずかったらしい。公園内は閉鎖されているので、真っ暗だ。月の灯りで我々は宴を楽しんでいる。遠くの方から光るものが見えた。懐中電灯・・・、警官だ。それも、一人ではない。どうやら、通報されたらしい。

30人が一斉に散らばった。ち○こブラザ~ズも散らばった。その公園は、再度言うが、山全体が公園になっている。山の頂で宴をやっていただけに出口は四方八方にあり、自然(草木)がいっぱいだ。僕が逃げた方向には、5~6人いただろうか。誰がはじめたのか匍匐(ほふく)前進で逃げた。初めて本気になってやった、匍匐前進。それにしてもホフク前進とは、こんな字を書くのか。



5~6人が、匍匐前進をしている。何が滑稽かって、この5~6人の中に、あの「ち○こブラザ~ズ」の1人がいたことだ。無論、全裸である。全裸で、匍匐前進をしている。もう、「ち○こブラザ~ズ♪」とか言ってる場合じゃない。この緊張感の中で何ゆえ全裸で匍匐前進しているのか、そう思うと憎たらしくもあり、なんとも愛おしい。

それでもなんとか僕等の5~6人は無事山を降り、近所の友人宅に亡命した。別々になった仲間とも連絡を取り合い、どうやら全員逃げ切った模様だった。しかし、これで安心してはいられない。ブラザ~ズの衣服が全部山の頂に置きっぱなもんだから、結局、ブラザ~ズその他何人かは警察署に自首しにいくこととなった。

まぁ、前説が少々長くなりましたが(前説か!)、こんな感じで専門に入る前までには、それなりに酒にはなじんでいた私でした。中学の仲間や、高校の連中と飲んでいても、強くはなかったが、決して弱くもなかった。それなりに、飲んでいた。ましてや、女性に負けるなんて微塵も思っていなかった。偏見かも知れず、申し訳ない。でも、正直そう思っていたことは事実だ。

それが、専門に入って根本からぶち壊された。解りやすく言うと黒船が来た時の日本人のような感覚。「東京さ、すげぇんだ」って思った。その光景とは、女子が酒をざるのように飲んでいたことであった。そう、世が戦国ならその体はまるで武将が如く勇ましく、豪快、且つ、豪快。世が幕末ならば“狂”とでも言うべきか。とにかく飲み、且つ、飲む。飲んだと思ったら、また飲む。気持ちいい位に完敗した。女子に。

あれから12年、お酒は飲んでいたが、僕は僕なりに、飲みの席ではそれなりに皆とペースを合わせて飲んでいたと思っていた。しかし、それは本当に飲んでいたと言えるのか? “とある1グループ”と飲んでいるとそう思わざるを得ない。気のせいか、前より飲めなくなっている節もある。一方、その、“とある1グループ”を見ると、前よりパワーアップしているようだ。

そこで、思ったのだ。

自分という人間は、下戸なんだ と。“とある1グループ”を見てしまうと、自分ごときが「お酒が飲める」なんてたいそうなことは言えない。そうだ、下戸で、ええじゃないか。下戸で、なにが悪い。そう認めることによって、この罪悪感から解き放たれよう。そう告白することによって、自由の翼を僕は手に入れるんだ。

俺の名前は、下戸。その代わり、最高の下戸になってやる。下戸のてっぺん、とったる。

俺の名前は、下戸。お酒は飲めないが、乾杯くらいはやります。

俺の名前は、下戸。お酒を飲めるなんてめっそうもございませんが、雰囲気は好きです。

下戸になってからも、宜しくお願いします。

2010年2月23日火曜日

ダイヤ サイズ

電話が鳴った。

番号を見ると、

「+972・・・」

イスラエルから???

と思って出てみると、イスラエル時代からの旧友からでちた。

ダイヤのことで質問だったんだけど、

どうやら、

検索してこの「粋華志義ブログ」に偶然たどり着いたというのだ。

「ダイヤのサイズ表は使わしてもらってるよ~」

なんて言ってたから、

ためしに、Googleで

「ダイヤ サイズ」

と検索してみた。

いや、

ググってみた。

すると・・・



すげ~、2位。

891万件中、粋華志義が2位。

うんならかしちゃってますな~。

「ダイヤ サイズ」

なんて他にもありそうなのに~。

う~ん、さすが粋華志義。




ヒーハー!!!

トラベリングナウ

 ひょんなことから昔の話になり、
当時よく耳にしていた曲が今よみがえった。



ちょうど8年前、初めて宝飾業界に入ったその会社では、
毎朝、この曲で始まっていた。

この曲はなんとも爽やか。
軽快なリズムで、仕事が始まるぞって感じがします。

なつかしいなぁ~

あれから8年。。。

2010年2月22日月曜日

龍馬伝8

武市さぁがついに江戸に向かいましたな。




以蔵を連れて。

2010年2月19日金曜日

アメ横、


を、今日歩いた。

東京の元闇市、アメ横。

毎回思うが、

「1,000円だよ!1,000円!!」

っていうあのオッちゃんのガラガラ声、

あれは毎日呼び掛けしているとあんななるのかなぁ?

その割には、喉がつぶれるほどの大声でもない。

偶然ではないことに、今日一回通っただけでも3人あの声だった。

でね、その内ひとりが30歳くらいであの声だった。

もう、あのガラガラ声聞くとね、普通の声の人の呼び掛けは、

なんとも迫力に欠けるね。

あのガラガラ声に男子の威勢を感じる日でした。

ところで、アメ横の中にある屋台の店。

16時くらいなのに、もう飲んでる。

そう。

こうゆう素朴な店も、小粋なもんだ。

そうだ アメ横の屋台、行こう。

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2010年2月18日木曜日

九里虎


九里虎のファッションセンスがたまらなく好きです。


九里虎を美容室に持っていって、
「九里虎にしてください!」って言ったら、






こんなんなっちゃった!


ヒーハー!!

2010年2月15日月曜日

龍馬伝7

 今回は、ちょちょぎれましたな。

龍馬とは、やはり好むべき人間ですな。
最近、巷ではこの大河ドラマの影響もあって、
いたるところで登用されている。

だもんで、今さら「龍馬、龍馬」というのは、
いかにもベタすぎて、なんとも口にしがたい。
特に今年、来年あたりはなおさらだ。
いや、近年に限らず、
坂本龍馬とは、もはや国民的人気である。

だもんで、自分が「龍馬、偉大ナリ!」と
叫んでも、群集にまぎれているような気がして・・・
できれば言いたくない・・・
わかります?

それに比べると高杉晋作は、ちょっとマイナーだ。
私は、坂本龍馬、高杉晋作、土方歳三をもって、
日本人の偉大なる三大人物とあげたいが、
なんとも上記の理由から、
高杉晋作以外の2人はベタすぎて、人にはあまり言わない。

しかし、今回改めて 坂本龍馬 偉大ナリ と泪が出た。
人から言わせれば、ドラマでしょ?所詮作り話だ!
と言われる。
たしかにそうだが、
実際に残っている龍馬の手紙から、彼の性格を推察するに、
今回の場面なんぞ、想像に難しくない。
むしろ、
これまでに取り沙汰されてない感動的な名シーンは
実際の彼の人生の中で、他にいくつもあるだろう。

ドラマだけに、たしかに、場面場面のセリフや状況は単なる作り話だ。
しかし、坂本龍馬という人間がいたことは事実で、
その坂本龍馬の人物自体に感動するくらいは、ええじゃないか。
ちょちょぎれても、ええじゃないか。
元気が出ても、ええじゃないか。
ええじゃないか。

福山氏、いい感じになってきました。
武市さんも、いよいよハマッてきました。


にしても、
エースが逝ってしもうた~!

2010年2月14日日曜日

life

 
だめだ~、このリズムが頭から離れない~♪
DIG~KNG~
ぐるんぐるん回るよ~♪

2010年2月12日金曜日

石垣島3

うお~、石垣島、行ってきた~。
というより、今日は竹富島だ~。

沖縄には以前に本島に行ったことがあり、
石垣島をも今回、満喫した。
でも考えて見れば、どちらもそれなりに発展していて、
まだ自分がテレビなどで見てきた、あの風情に出逢っていなかった。

沖縄3島目の竹富島、
やっと沖縄にたどり着いた感があった。



みんなで自転車借りてね、
コンドイビーチまで行くのね。
この年んなって自転車乗ってんのがおもろいね、
しかも大の大人が6人で。

浜に行く途中にね、商店に行った。
なんと島で唯一の商店なのね。
もうおばちゃん、サービス凄い。
ビールとか3千円分買ったんだが、
色んなもんタダでくれた。
「欲しいんだったら、あげるよ」
って。



この島は、人口300人ちょっとって言ってたかな。
高校は、部活動はできないけど、石垣島の高校に通えるんだって。
石垣島まで船で10分。
僕らが電車で隣町の高校に行くような感じなのだろう。
たぶん、そこには、色んなドラマがあるんだろうね。
竹富島の男子と、石垣島の女子の青春の物語。。。

…その男子の名前は、竹千代と言った。竹富島の自然の中で、すくすくと育った。青い空と海のように明るく、素直な子で、島人(しまんちゅ)みんなから愛されて育った。そんな竹千代にも、わずかながらに反抗期が訪れた。しかし、それが少し遅かった。。。

中学も3年、みなが進路を決める年頃だった。みなと言っても竹千代の同級生は一人しかいない。日吉丸は竹千代の幼馴染で、島で自分と同い年が一人しかいないという点で、その仲は兄弟以上の莫逆の関係であった。その日吉丸が、石垣島の高校へ行くというのである。

竹千代の家は、島を観光案内する水牛でもって暮らしている。小学校の頃から手伝っている竹千代は、彼自身なんの疑いもなく、この家業をやっていくものと思っていた。そいでもって観光に来た秋田美人と恋におち、結婚するもんだと思っていた。何の疑いもなく、「沖縄と秋田のハーフだね」なんて子供を見て言うもんだと思っていた。なにがハーフだ。

しかし、竹千代は日吉丸の進路に衝撃を受けた。いや、実はそれだけではなかった。日吉丸は石垣島の高校卒業後、本島で自分の店を出すのだと言う。竹千代は自分と同じく育った莫逆の友人が明るい未来へ突進していくのに対し、自分だけが取り残されてしまったようで、なんともいえない、初めての想いをもった。きっと、このままでは、自分のまだ見ぬフィアンセ・秋田美人よりきれいな人と、日吉丸は結婚するに違いない。もう、「沖縄と秋田のハーフだね」なんて言ってる場合じゃない。なにがハーフだ。

とにかく、竹千代ははじめて親にモノ申した。今まで素直で所謂良い子で、言うことを全部聞いてきた竹千代が、はじめて自分の想いを主張したのであった。そうだ、これは反抗期などではない。朝青龍が引退しようと、もう、竹千代の想いは止められなかった。竹千代の想いは親に伝わり、日吉丸と一緒に石垣島の石垣高校に通うこととなった。。。

でね、こんな感じで高校生活はスタートするんだけど、ともかく、一人の女子が現れるわけ。

…その女子の名前は、茜といった。茜は石垣島の八重山出身の女の子だ。居酒屋の娘で、小さい頃から観光客でにぎわうお店のマスコットガール的な存在で、やはり小学生の頃からお店の手伝いをしてきた。マスターが威勢のいい江戸っ子風で、実は出身が正真正銘、東京の下町・神田のチャキチャキ江戸っ子お祭り騒ぎが大好きな親父だ。その血が流れているのか、茜もチャキチャキ江戸っ子お祭り騒ぎが大好きで威勢がいい。

高校生活が始まり、すでに半年。そんな茜を同じクラスになった竹千代は、いつも遠くから茜を見ていた。誰にも言わなかったが、竹千代は自分が竹富島出身であることをコンプレックスに感じている。実際、みんなからも「しまんちゅ、しまんちゅΨ(`∀´)Ψケケケ」とからかわれる。竹富島は、石垣島にとっては「島」で、石垣島は「陸」という雰囲気が、どうもあるらしい。だから、ただでさえクラスの人気者の茜を、竹千代は遠くから見るしかなかった。

「秋田美人より茜の方がいい!ってか好きだ!」と、何度思ったことだろう。竹千代は今、まさに大人の階段を上りつつある。恋なんて、竹富島ではしたことはなかった。島では女子も家族といった感があり、そこから脱出することはない。だから、観光客を見ては、秋田美人に恋をするしかなかったのだ。

そんな時であった。。。一日の授業が終わり、いつものように1組に日吉丸を向かえにいった。日吉丸とは普段、竹富島まで一緒のフェリーで帰っているのだ。1組に入ろうとすると、そこには日吉丸と茜が楽しそうにしゃべっていた…。―――続く(次回は未定)



・・・といった感じで、ドラマがあるんだろうなぁ。
石垣島の人口は、4万5千人。
竹富島は、350人。
色んなドラマがあるんだろうなぁ。ねぇ。
ナンクルナイサー!だねぇ。

そういや、最高だったなぁ~


そうだ、竹富島 行こう。

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2010年2月11日木曜日

石垣島・・・改め

いぇ~い、竹富島行ってきたぞ~
っと、
思っていたのだけど、
どうやら、そんなことを言っていられなくなってきた。

なぜならば、本日は、

日本国の建国記念日。

周知の通り本日は初代天皇・神武天皇が即位した日である。


今日も話題に出たが、それは知っていても、
それがいつだかは、意外と知らない人が多い。
地球に存在するすべての国で、一番長い王家は、
日本の、天皇家である。


天皇家は、実に、2670年の歴史を持つ。
つまりは、神武天皇の即位された日は紀元前660年と言われており、
その日をもって、日本が建国された日とし、今日となっている。
これは、竹富島どころの話では、ない。


「2009年現在、世界には27の王室が存在している。現存する王室で最も長い歴史を持つのは、少なくとも6世紀まで遡る日本の皇室であり、これに次ぐのは、10世紀まで遡るとされているデンマークの王室である。」
―――Wikipediaより抜粋。



これまでの日本は、幾度となく、他国からの侵略を乗り越えてきた。
それだから、今の日本が存在し、今日という日を迎えられる。
それを、自分の国の国旗を掲げただけで、
「右翼だ」
と思われる国ってどんなだ?
こうゆう話をしただけで、
「右よりだ」
なんて言われる国ってどんだけ?
世界中見渡したってそんな奇妙な国、どこにも、ない。


今日という日くらい、俺はニッポン人として祝いたい。
“アイデンティティー”を持つニッポン人として、祝いたい。
だから、今日は、めでたい日なんだ。

2010年2月10日水曜日

石垣島2

うお~

石垣島2。

そこら辺に咲いている花も、なんとも華やかだ。
真っ赤なハイビスカスや、パッションピンクのなんとかの花が、
沖縄の風情というのなら、
この暑さは熱さとも言え、情熱が沸いて来る、血が踊る踊る、
ナンクルナイサー。

2月というのに石垣島は、寒さなんかへっちゃらさ。
全然泳げます。(残念なことに、今、その写真はない)
でも、石垣で一番きれいだという、なんとかの浜にも行ってきましたよ。

しかし、同じ沖縄と言えども那覇は寒いらしく、
ジャンバーとか着てんのね。
飛行機で1時間かかる石垣島は、本島とはまた違う。

そんなことより、最高だったなぁ~


明日は、竹富島編です。

2010年2月9日火曜日

石垣島

うお~行ってきた~

石垣島。

でも、石垣島がうんぬんの前に、
記しておくべきことが、ある。

ウェティングパーティ、最高だったぁ~。

なんというのだろう、人間というのは、
なんとも素晴らしいものだと思った。

めでたい2人が、これまた最高の2人で、
両家の家族も最高で、
パーティを進行する我らスタッフも最高で、
そこに石垣島という最高なロケーションが加わった。

すごいな。
人生は、やっぱり楽しい!
ワクワクしてきたぞ~!



いくぞ。

2010年2月8日月曜日

龍馬伝6

武市さんが、どんどん気を帯びてきますなぁ。
今日だけで、第1話とは大違い。

幕末で誰が好きかと言われて、世間の相場は大体決まっている。

・坂本龍馬
・土方歳三

は、2トップでしょう。で、これに次ぐのが、

・高杉晋作
・吉田松陰
・西郷隆盛
・勝海舟
・沖田総司

辺りか。あくまで気分でモノ言っています。
とにかく、武市さんの名前はこうゆう場合、まずあがって来ない。
ところが私の友人で、武市さんの名前をまずあげるのがいる。
理由は、、、

・・・忘れた。
とにかく、その武市さんに今、なにかしらの気が宿り始めた。

早く晋作、出てこないかなぁ。。。

2010年2月2日火曜日

辱め

 うわぁ。
恥ずかしい。。。

全晋連にも入会し、高杉晋作をもって我が崇拝する人物なり、困ったことはない、と人に豪語しておきながら、こんな写真があるなんて、知らなかった~!

2010年2月1日月曜日

龍馬伝5

龍馬伝、おもろくなってきました~、
半平太が、
らしくなってきたし!

ところで、
東京は、雪が降りましたな。
毎年のように体験しているはずだのに、
毎年、こんな寒かったっけ?
と思う。
いや、寒くなったことない。

今宵も、そんな雪が降る中、
銭湯に向かう。


こんな寒い日の銭湯は、格別です。
格別と言えば、雪景色の露天風呂も最高ですな。
髪の毛が、すぐ凍るのね。
で、若いと、モヒカンとか、リーゼントとか
やる人がいるのね。
終いには、陰毛までセッティングするのが出てくる。
タオルも、すぐ凍るから、それで遊ぶのね。
とにかくテンション上がってるから、
外で真っ裸で、相撲とかとるんだよね。
今思うと、何で相撲だ?
-20℃の世界。

そんなことを思い出しながら、
おでんをいただく。

人間は、素晴らしい。
寒いと感じ、だからこそ旨みを感じるものがあり、
心から暖まる。
寒いから、芯から暖かい。
髪の毛はモヒカンで、陰毛の手入れも忘れない。
氷点下だろうが、相撲をとる。

生きてるうちが、華だ。
明日も、顔晴るゾ!

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