2010年3月30日火曜日

龍馬伝13

 いや~、今回ばっかりは、参った。



坂本のお仁王様、やばい。

ほんとに、涙で画面が見れなかった。

辛かったろうに~。

脱藩とは、こうゆうことなんだな~。

今では考えられないこの制度、
江戸時代とは、まっこと、すごいもんですの~ぅ

龍馬伝、いよいよ面白くなってきました~!

2010年3月29日月曜日

墓参

 幕末に「安政の大獄」を指揮し、江戸城桜田門外で水戸浪士らに暗殺された大老・井伊直弼(なおすけ)の命日にあたる28日、水戸市の加藤浩一市長が井伊が眠る東京都世田谷区の豪徳寺を初めて訪れ、墓前で手を合わせた。



 この日は井伊の150回忌法要も同寺で営まれ、井伊ゆかりの地で、水戸市と親善都市提携を結ぶ滋賀県彦根市の獅山向洋市長や井伊家18代当主の井伊直岳さんらも訪れた。

 法要後、井伊の墓前で供養と焼香を行った獅山市長は「水戸市長も来ていただき、150回忌法要に花を添えていただいた」と謝辞を述べると、加藤市長は「水戸市民の思いが果たせて良かった。当時は大きな対立があったが、互いに国の将来を思ってのこと。先人の犠牲の上に立って今日があることを忘れず、両市の発展を考えていきたい」とあいさつした。

 井伊直岳さんは「大きな意味を持つ一日になったことは間違いない。水戸市長はじめ多くの関係者に感謝したい」と感慨深げだった。

(2010年3月29日 読売新聞)

2010年3月24日水曜日

まことに遺憾2

うお~、今読んでいる本にまた出てきた。

--------------------------ここから--------------------------
 日本は伝統的に、金と銀の差がすくなかった。国際的な金銀の価値体系からみると、金が法外にやすいために、外国人は銀を持ちこんで金と交換するだけで、大きな利を得た。徳川初期以来、オランダ人が巨利を得てきたのは、正当な貿易による利益よりも、この面に負うところが大きい。
 その上、国内の金銀換算がまちまちであるため、外国商人が洋銀をもって日本の一分銀と交換し、その一分銀で日本の金貨(小判その他)を買えば、百ドルのかねでそのまま三百五十ドル儲かるという計算になった。
 井伊はこの面を国内的に整備せずに各国と通商条約を結んだために、あっというまに日本の金が海外に流出し、その傾向がいよいよはなはだしくなっている。
 この信じがたいほどの失政を、井伊は幕府の秘密にしてしまったため、一般では開国による物価騰貴が異人が経済をあらすためであるとしていよいよ攘夷熱が高まったが、実際には井伊が右の面の感覚と配慮を欠き、さらにそれを秘密にしていたための開国貧乏であったといっていい。
――「胡蝶の夢」より抜粋
--------------------------ここまで--------------------------




そういえば、今回の龍馬伝でも久坂玄瑞が龍馬に説明してましたな。



ん~、まことに遺憾であります。

2010年3月22日月曜日

龍馬伝12

 出た~



久坂玄瑞。

もう、この名前聞いただけで、尊王攘夷の塊
ものすごいオーラです。



で、話は飛びますが、



鷹司邸、供養に行って参りました。




話トビスギであります。

2010年3月18日木曜日

二千円札

 が、弁当屋のお釣りで返って来たー。
二千円札、久しぶり!
しかも、あれ、デザイン変わってる!

と思ったら、どうやら、このデザイン一つしかない(と思う)

とにかく、そんな長い間見てなかったのねん。

ところで、
二千円札って悪魔の数字「666」によってできたのかなぁー

6+6+6=18
1万円+5千円+千円だと1万6千円だから、
二千円札作ったってやつ。



コインもそう~。
500円玉+100円玉=「6」
50円玉+100円玉=「6」
5円玉+1円玉=「6」

どうなんでしょ?

2010年3月16日火曜日

歯磨き

 最近、周りで歯医者に虫歯を治療しに行く人をみかけた。歯医者・・・。久しく行っていない。あまり知られていないようだが、虫歯になるのは成長期まで。永久歯が生えてからは、カルシウムとかで歯の表面にバリアができるんですって。そうなんだ~、今知った。だからね、大人は普通に歯磨きをしていれば良いそうですよ。

ところで、私の叔父が歯医者さんなんですがね、子供の頃に言われたんです。「歯磨きは、力を入れてはいけない」→はい、小さい子って、力を入れたがるんですよね。これは、まぁ、よくありがちなアドバイスです。

それから、こんなことを言ってた。「歯磨きは長くても3分まで」→これも、きれい好きな子はやりがちなのか?この根拠は解らないが、長く磨いてもばい菌がまた付着するので磨いてとれたばい菌はさっさと洗い流した方がいい、←こうゆう風に勝手に理解していた。

そして、歯医者さんに教えてもらった裏技・そのやり方をやってるからこそ、自分の歯はずっと健康だ~、と思ってたらそうでもない。冒頭にあるように、虫歯は成長期までらしい。みんながみんな、大人になれば虫歯にはならないようだ。じゃ、治療で歯医者に行ったKさんよ、あんたはどんな歯磨きしてたんだ。

そんなKさんに朗報。いいの見っけた。

【正しい歯の磨き方】

<STEP1>弾薬を選択する。
この実演では、オレはすべての細菌を除去するために、オレの口を清潔にし輝くよう「コルゲートトータル12」を選択した。


<STEP2>抜け目がない武器を選択する。
オレの武器は、「コルゲートジグザグプラス」だ。


<STEP3>武器を装着しろ。
闘いの表情むき出しになることを忘れるな。


<STEP4>敵地に侵入だ。
敵地に向かって頭を向けろ。


<STEP5>戦闘の開始だ。
装着したお前の武器を前後にできる限り速く動かすことが、ばい菌を徹底的に打ちのめす最適条件だ。


<STEP6>まだ戦闘は終わっちゃいないぞ。
ヤツ等すべてがお前に従うまで止めてはならない。


<STEP7>ミッション完遂だ!
敵をやっつけた。敵の血に注意だ。













・・・くだらん。

2010年3月15日月曜日

龍馬伝11

出た~土佐勤王党。



血判しちゃうんだよね~。

それにしても“友情”という概念がないこの時代、
龍馬と武市さんのこの関係はどうであろう。

熱い、アツいぜよ。

ドラゴンボール集まったら、
この時代のゆきさつを生で全部見てみたい。
全部だよ。

2010年3月13日土曜日

応援してます。

それにしてもすごい。ずっと黙って見守ってきましたが、そろそろ我慢ができなくなってきた。まぁ、色々と言いたいことはありますが、コメントは控えます。とにかく、



粋華志義はとことんトヨタを応援しています。

2010年3月12日金曜日

まことに遺憾

本日も御勤め御苦労様で御座居ます。卒爾ながら、まことに遺憾であります。

ズバリその内容はこちらであります。要は、日本から金が大量に流出したことですが、こちらは長いので概略を言いますと・・・

時は幕末、当時日本は紙幣ではなく周知の通り金、銀が用いられていた。金の小判一枚(一両)は、一分銀4枚で交換できる(一両=四分)。この“一分銀”というのがくせ者で、要は貴金属という価値的に言うと一分の価値もない名目貨幣であることだった。これは江戸後期、幕府財政難の対応策だったという。

そんな中、
アメリカという名のジャイアンが黒船を率いてやってきた・・・



いやいや、「YOU KNOW?」とか言われても知らんし。…とは役人には言えなかった。つまり、メキシコ銀貨を持ってきて、「これと同じ重さ分の日本の銀(一分銀)ととっかえろ!YOU KNOW?」と言ってきた。役人には末尾の英語が解らなかったが、とにかく一分銀は名目貨幣だから嫌だと主張するも、ジャイアンは欲しいものは何でも手にいれるのがやり方のようで聞かなかった。YOU KNOW?の一点ばりだった。

そこで、ジャイアンは3千円分の価値ある一分銀をわずか千円分の価値しかないメキシコ銀貨で両替させ、手に入れた一分銀を金で作られた小判と交換し、それを海外に持ち帰った。その小判は海外では貴金属の“金(きん)”として売られ、当然、その価値である3千円をジャイアンは手にする。ジャイアンにとって、これほど簡単なことはない。1億日本に持っていけば、自国に帰った時には3億になるんだから。

“ジャイアン”は、ジャイアンだけにとどまらず、このシステムに開国・貿易を約束された列強が群がってきた。この間、幕府も抵抗はしてみた。安政二朱銀という、国際相場に合わせた平等なるフェアな貨幣を発行した。しかし、目の前の欲に飢えたハイエナ達は「Fuchkin' 条約違反だ!」などと言って聞かなかった。YOU KNOW?の一点ばりだった。

こうして大量の「金(きん)」が、日本より海外へ流出された。一年に5~6回はこの“ボッタくり両替”の為に往復できたという。かのハリスもその日記に随分儲けたと記録している。徳川埋蔵金と呼ばれる存在は、この時に海外に流れていったのではないか、と思う。というのも、この金の大流出、どの記事を見ても「大量の金が海外に流出した」と記載があるが、数字を書いているところはどこにもない。

さて。
歴史はくり返すというが、どうなのであろう。今回の様な、辱しめを受けるようなことがあってはならない。歴史に「もし――」はないと言うが、我々は歴史から学ぶことができる。しかし、私は見つけてしまった。とある記事を。実態はまだ解らないが、その記事の内容が事実なら、歴史はくり返すかもしれない。。。

なんとかしなきゃ!

2010年3月11日木曜日

職務質問を受けてみた

 2000年、それは世紀の始まりだった。いや、公式に言うと21世紀は2001年からだが人々は気にしない。新たな時代を迎えたことに人々は酔いしれた。そんな前年にあたる1999年にはノストラダムスの予言がどうのこうのあり騒ぎ出していた頃で、今年成人式を迎えた世代はちょうど鼻水垂らして「だんご三兄弟食べたい!ペコペコ!」とかうつつを抜かしていた頃だ。

この年の暮れ、つまり2000年に変わる瞬間にあらゆるコンピュータの誤作動が予想されたものだった。2000年になる瞬間というのは、大きなイベントだ。そりゃそうだ。侍の父、頼朝まで遡っても経験したことがない大台の変わる瞬間である。

巷ではこのイベントはイベントで、俗にいう“お祭り”であった。ふつう大晦日には、毎年お祭りムードがただよう。出店が出て、年越しそばを食べ、神社には初詣に訪れ、日本人がみんなで新年を祝う。しかし、それ以上に2000年になる瞬間というのは、やはり通常以上のイベントであったであろう。

花火が打ち上げられ、有名人なんかも登場し、各所で“2000年パーティ”が催されていた。そんな中、私は、某ホテルのエレベータを止めていた。何せ世間は“お祭り”でも、こちとらコンピュータ誤作動の問題があり、エレベータひとつでも誤作動を起こすんじゃないか、っていう緊迫感に追われていた。

まぁ、運悪く私、社会に出た初めての年が1999年で、社会に出て初めての大晦日がこの世紀の一大イベント、それが夜勤だったんですね。そりゃ新人の私としては、喜んで!というしか道がないんですね。2000年で仲間が別のところで「だんご三兄弟おいしい!ペコペコ!」とか言ってても、私にはエレベータしか見れなかった。

10分くらい前からですね、宿泊客がエレベータ乗ろうとすると止めるんですよ。誤作動の問題を説明してですね。まぁ、状況が状況なんで、みなさん、理解はすぐいただきました。で、その時は一人じゃなく先輩とELV止めてたんですがね、2000年になった瞬間、二人でぴょんぴょんハシャいでた。やったーやったーって。お客さんも一緒で。

皆さんは、どんな2000年を過ごしましたか。

そんな2000年、あれから10年ですね。誤作動もなく新年を迎えた2000年の、とある日のことです。休みの日で、原付を乗ってたんかなー、たしか。警察に止められました。まぁ、俗に言う“職務質問”です。別にね、怪しい言動をしてたわけでもないのに、とにかく捕らえられた。

うわ~おもろい。これが、職務質問かぁ~なんて思いながらわくわくしてた。当然職業をはじめに聞かれるわけなんですね。「(某)ホテルマン」なんて言ったら明らかに驚いていた様子で、「何で(某)ホテルマンともあろう仕事をしている人がそんな格好をしてるんだ」みたいな顔でしたね。

いやね、特にすごい格好をしてたわけじゃないんですよ。お洒落でピアスくらいはしてたとは思うんですが、まぁ、所謂一般のホテルマンのイメージとはちょっと違ったんかなぁ。でも、プライベートに自分のお洒落を楽しむくらいの権利は、ある。

でもね、思ったんですよ。「何故に俺?」って。他に怪しそうな人っていくらでもいるじゃない!って。でもまぁ、しょうがないんですね。それが警察官の仕事ってやつでやんすね。疑うことが。今ではまぁわかります。そりゃ僕だって疑うことが仕事なら、聞きたくなるかもしれない。バイクの色ショッキングピンクだし。ショックやね。

今は2010年、つまるところあの2000年から10年が経った。僕という人間も、10年も経てば成長するもんだ。10年生きれば、色んなことがありますよね。でも、変えたくない部分も、ある。どんどん進化させていきたい、成長させていきたい部分と、信念、というか、自分の哲学というか、変わらない部分だってある。

10年経ったけど、警察官に質問された。「職業は何ですか?」10年ぶりの展開でしたね。夜中2時に、森三中の「キャッツアイ!」みたいなポスターの横を通り過ぎて、どんな表情してんのかムショウに気になって3メートルくらい戻って、そうゆう動作をしたら、捕らえられた。ひっとらえられた。



でもね、10年前と変わっていたのは、警官の年齢だよね。明らかに自分より年下。もう自分はこんな歳になったんだなって。質問が終わって警官が礼をする姿も、粋だった。終始、明らかに目上の人に対する礼、日本の警察は素晴らしいですね。

でもね、同時に思ったことがある。一般には、自分が所属する団体、会社、グループの創業者くらいは知っているだろう。彼等警察官の「礼」を受けた時、ふと日本警察の父


川路利良を想い出した。

「川路さん、あぁたの育てた日本警察は、立派に任務を果たしていますよ」ってね。まぁかく言う私は何者でもないんですがね。

でも、ほんとに日本警察は、素晴らしいと思います。そりゃね、中には問題児もいますよ、そうじゃなくて、全体的な話。そりゃね、アレ系とも繋がっているでしょう、そうじゃなくて他ん国は警察自体がマフィアなところがいっぱいある。いつかログりましたけど、どこぞの国の警官なんぞ9万円くらいカツアゲしてくる。意味わかんない。

この粋。日本の文化だといえばそうかも知れないが、とにかく私は大警視・川路利良を想い出す。当時世間では、日本を列強の力から守りヒーローだったはずの武士が、700年もの間君臨し続けたその存在すらなくされてしまう混乱の時期だったが、川路は奔走した。自分の親分、西郷どんが下野したときも、川路は奔走した。日本のために。日本のために、「警察」という概念をフランスより持ってきて、その信念はほぼほぼ“狂”と呼べる境地であったであろう。

そんな川路大警視を想いつつ、家路に帰るのでした。彼ら(さっきの警官)達は川路利良を知っているのかな?知ってても、フランスで川路が大便を列車から外に投げ捨てたことまでは知らんだろう、とか満足げに家路につくのでした。

2010年3月10日水曜日

龍馬伝10

 え~、ホンマですか。
加尾の正体って。



いやですね、龍馬の初恋の人だというのは、
そりゃ知ってましたよ。
日本男子として。

1月にもミッドタウンにたまたま行った時にですね、
写真で辿る 『坂本龍馬の生きた時代』というイベントやってました。

そこに龍馬の手紙も展示してあって、
その中にたしかに「加尾」と書いてあった。
具体的に言うと、
坂本のお仁王さまに千葉佐那を説明するくだりで、
「加尾のようにきれいで・・・」
みたいなことが書かれていた。

それに、加尾役が広末涼子だったので、
まぁ、初恋のくだりをドラマ風に取り上げるだけかと思ってん。
たしかに、先週まではそうだった。

ところが今回のこの10話、
話が二転三転し、加尾が京都に行くことに・・・。
しかも隠密。
終いにはあの三条実美が出てきた時はびっくりや。
エキサイティングや。

TVによる着色かと思いきや、
平井加尾でWikiると、果たして三条家に仕えていた。。。
ただし、隠密としては書かれていない。
しかし、あの武市さんのこと、TVのようなストーリーは十分あり得る。

身分が厳しい土佐で、
下士の身分の者が、容堂公の妹君のお供していただなんて~
しかも、坂本龍馬の初恋の人~
ついでにそのお供していた人の旦那さんの弟が
明治政府太政大臣・三条実美~


坂本龍馬とは、いちいち日本におけるキーパーソンだな。。。

そりゃ、陛下の枕元にも登場するわ。。。

don't give up before you try it!

実はこの曲、詩も良かった!







・・・ことに気づいた!!!

2010年3月4日木曜日

パーティ

昨日久々にパーティに行きました。
それにしても“招待”というのは初めてで、
ワクワクして行って参りました。

BKKでお世話になった
人間的になんともセンスに溢れる人で、
新しくブランドを(共同で)立ち上げるとのこと!

http://www.malika.co.jp/

新ブランド“MALIKA”のモデル兼社長さん

です~。

にしても、人がいっぱい~。
これまたセンスの良さそうな人が多くいた様に感じます。
モデルや著名人も来てました~。



商品も、すっごくカワユイんですよ~。
皆さん、ちぇきちぇき!

シャンパンも飲み放題で、
下戸の私としては、7~8杯で酔っ払ってしまった~。
結構、シャンパン酔います。

シャンパンで思い出しましたが、
以前パリコレ(開催中)横の展示会に行った時、
終了後のパーティにも参加した。
そのパーティでもシャンパンが飲み放題で、
何杯飲んだかは覚えていない。

数日の展示会作業と緊張感が一気にほぐれ、
仲間とお客さんと飲みました。
パリでシャンパンで、お祭りやっちゃいました。

記憶ぶっ飛びましたね。

私の名前は、下戸。。。
そんな話は置いといて、皆さん、
MALIKA要チェックですよぉ~^^

2010年3月2日火曜日

心得

本日も御國ノ為御勤め御苦労様で御座居ます。

今日約束の時間にお客さんのところに行ったところ、
電話で話をされている。

10分経過。

どうやら問題が起きているようで、
お客さんの、その表情は必ずしも明るくない。

今、
「必ずしも~ない」
という表現を使った自分が何処となく「cool!」と思った。

そんなことを言っているうちに物語は
20分を経過した。

お客さんの表情は「必ずしも明るくない」ままだ。
問題は必ずしも軽くないらしい。

30分が経過。

他の社員の人が申し訳なさそうに
「申し訳ございません・・・もう少々お待ちください」
と言う。

いやいや、そんなに気を使わないでください。

45分が経過。。

こうしている間にも、他の来客が著しい。
その出入り、翔ぶが如く、翔ぶが如く。

ついに、1時間経過。。。
大げさとかではなく、ずっと電話をされている。
出直した方が双方にとって良いかな、とも思った。

にしても、僕より後に入ってきた来客が自分のことをいちいち気にする。
自分より僕の方が早く座って待っているもんだから、

「次の方ど~ぞ」

みたいな雰囲気になっても、

「あ、ど~ぞ」

と、言わざるを得ない。

その都度、
『あ、いいんですか?先に順番待ちしてるんじゃないんですか?』
みたいな顔をされる。

・・・おもしろくなってきた。

1時間15分が経過。。。

他の社員の人が、もう一回来た。

「あの…、私で解る事でしたらお伺いいたしましょうか?」

いえ、社長じゃないと、ダメなんです。

それにしても来客が甚だしい。
依然、
「あ、ど~ぞ」
と言う自分がいる。

するとまたあの表情だ。
『あ、いいんですか?』
何回やるんだ、このやり取り。

・・・まだ電話しているお客さんが
ジェスチャーで「ごめん、ごめん」と言っている。

1時間30分経過・・・。
出直してもいいのだが、今話しておきたい件なので、松。

普通の人だったらイライラするのかな。
イライラは決してしないのだが、1時間半も待っていると、
さすがに色々考え事なりしていて、
時々でも無表情になっているだろう自分に気づく。

その時思い出した、この言葉を。

「武士というものはな、たえず風が吹きとおっているような人間でなくてはいかん」

そうだそうだ。いかん、いかん。
これでは風が吹きとおっていない、
無表情という壁でふさいでいる様なイメージを感じた。

すかさず表情に精気を入れる。

こうして今日も自己を啓発する。

1時間45分経過・・・。

お客さんが立ち上がり、伸びをした後
僕の方にやってきたとさ。



ところで、「風が吹きとおっている」と言えば、



桐野利秋もまた、そのような人物であったらしい。

2010年3月1日月曜日

龍馬伝9

山本琢磨

の、時計事件。

へぇ~知らなんだ。

こんな史実あるなんて。。。

坂本龍馬、こんなところでも歴史を作っていたか!



にしても、重太郎先生はあんなキャラだったのかな。

他のDVDでも、あんな感じだった~

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