2011年1月30日日曜日

エタ ヒニン

「エタ ヒニン」とはたしかに学校で習う言葉でありましたが、恥ずかしながらその実情はまったく知りませんでした。周知の通り江戸時代の被差別用語だが、これだけ幕末の本を読んでいても、これについてはついにひとつも出て来なかった。それが、「この本で幕末は最後だ」と決めた本に出てきて今、(こういう言い方は適当ではないかも知れないが)おもしろい。


その差別の仕方が、すごい。古今東西の差別の中でも類がない(らしい)。穢多非人。穢多(けがれがおおい)非人(ひとにあらず)ですからね、名前からすごい。傘の使用は禁止、平民に殺されても人ではないことから奉行所でも取り沙汰されない、とか、彼等が住む江戸の拠点、浅草今戸の所謂穢多村は江戸の地図でも空白になっている――この世に存在しないということからだろうか――

この制度の廃止に尽力したのが、幕末の松本良順先生であります。そう、将軍を診る奥御医師でありながら、近藤勇や沖田総司の看病、神奈川県の大磯町にて海水浴場を初めて開いた人~

【人間力第44回】天が与える試練

 「神様はその成功に、君がふさわしい者かどうかを事前にテストする」
「神は勇者を叩く」
「天はその人に乗り越えられない試練は与えない」


こういった言葉は他にも数多くある。宗教の教えにもよく見られる見解だ。古今東西これだけ言われているのだから、おそらく真実なのだろう。

ところで、逆境の中にある利益の種がすぐに見つからなくても心配はいらない。その利益の種の内容は毎回変わるものもあり、中には変わらないものもある。その変わらないものというのは、精神力を鍛えられているという事実だ。

本企画のはじめにもある通り精神力とは偉大な力である。これは逆境を経験するほど磨かれていき、それは逆境の規模に比例する。自分の得意分野を考えてみる。はじめから得意であったわけではなくとも、人より試練を乗り越えてきたものがあるはずだ。

そしてその逆境とも呼べる試練から色んなことを学んできたのではないだろうか。失敗を単なる逆境と思うのも、試練と思うのも、練習と思うのも、あるいは「それではうまくいかないという発見」だと思うのもその人の勝手なのである。

2011年1月26日水曜日

【日本一周20日目】秋田~北海道

 2002年8月2日、夏。

この日も元気に目覚めまして(たぶん6時か7時くらいから走ってます)、


早速青森に到着~

するとですね、青森の街はなにやら騒がしくてですね、つきとめるとなんとあのねぶた祭が開催されるということ。これは意外も意外。ねぶたといえば、

こういったイメージ、力強い、東北きってのお祭。それが計画もしていないのにその当日に到着、ねぶたで歓迎!なんて青森はいいところなんだ。

しかし、しかしですね、到着したのは何時か覚えとらんですが昼前、夜まで待てない!でもねぶたは見たい!ということで、ねぶた祭の最終日までに(何日間か開催されていた)、北海道より戻ってくることとし後にとっておくことに。それに、この時の自分にはこの日中に北海道に突入する気分があったのでした。

北海道へはですね、青森からフェリーが出ています。が、しか~し!この旅のルールを再確認。そこには「本州の東西南北端をおさえる」とあります。



つまり、現在地点の青森から函館までフェリーが出ているのですが、かの恐山を通過し最北端を目指さねばならない使命がありました。地図で見るとそうでもないですがね、この半島の距離は意外と長~いものなんです。それを、ひたすら走り、(恐山もたしか入り口くらいを覗いて)翔ぶが如く走り、


本州最北端の大間岬に到着~

ご覧ください、

この青!藍!蒼!向こうの大陸が北の大地、北海道であります!と、いうことで、本州の最南端、最西端に続き最北端も制覇~

で、大間よりフェリーに乗り、いよいよ北海道に到着~。人生初の北海道。は、函館に到着、とにもかくにも、すぐさま函館の夜景へレッツラゴー。


うまく写真は撮れませんでしたが、晴れ渡った函館よりその夜景をたしかに確認しました。きれい!

北海道と言えば海の幸、ですからねぇ、函館の市場に行き、良さそうなお店を見つけ、入店~。お店の人に名物を聞いてみるとこれ、

いかの踊り喰い~!!!口に入れてもいかが中で踊っているんですよ!


目の前で、調理~。このお店はですね、「どこから来たの?」→「東京からです」→「日本一周してるんです」のいつもの流れでたいそう良くしてもらってですね、北海道周ってからも帰りに寄ることを約束し、お勘定。

するとですね、ココでも現地ならではの情報が。「今日はいか踊りの日だよ」→いや、いかの踊り喰いならさっき食べましたよって。。。違うんです、函館の港まつり言うもので、いか踊りを人間がやっているらしい。しかもすぐ近くでということで相棒を置いて歩いてその方向へ向かっていくと・・・

なんかこう、祭の雰囲気が漂ってくるわけですよ。わかります?なんかこう、血が騒ぐというか、さっき食べたいかが血の中でまた踊っているのというか、とにかく祭の雰囲気なんです。それも、ただの祭じゃない。得体の知れない何かが、近づいて来るんです。いや、正確に言うと、某がそれに近づいていった。

そこには、これ、

いか踊り~!!!

画像じゃ伝わらない方には、

こちらから~

この祭、すごいです。これだけ愉快な祭は後にも先にも、今日までこれなし。しかも自由参加。みんなでやろうよ!みたいな空気が溢れんばかり、というか垂れ流し、気がついたら自分もこの行列に混じっていか踊ってました。北海道に着いたらいか踊りで大歓迎!なんて北海道はいいところなんだ。

さて、では今回も2002年当時の日記を振り返ってみましょう。

8/2、青森着、そこはあのねぶた祭の準備段階に入っていた。夜は6日までやってるとの事なので6日に戻る事を約束し、本州最北端の大間岬から函館に向かう。 
函館、おもしれー、おもしれーよ。着くとそこは‘函館港まつり’の真っ最中。こんだけ愉快なお祭りは初めてだたよ。今まで見たものとは全く異質なもので「イカ、イカ、イカ、イカ、イカ踊りっ、も一つおまけにイカソーメン♪」とかいって、歌いながら踊りながらみんなで行進してんの(^^)、気がついたら丸いのも行進してた・・・。函館、そこは熱い。


ということで、日本・青森を制覇、残り8日、8都道県~

2011年1月25日火曜日

27年ぶりの真実。

 ――この永倉が、その遺談をもとにしてその子息義太郎が編んだ『永倉新八』のなかで弾左衛門の身分昇格にふれ、
「直ちに・・・・・・御目見得以上に召出され、御書院御番に列せられて、時服拝領まで仰せ付けられ」
とある。単に平人になったのではなく、堂々たる旗本に列せられたというのである。

御書院御番というのは将軍の身辺をまもる武官で、戦時は将軍の馬前を離れないという旗本のなかでももっとも名誉とされた職である。もっとも実際にその職についたのではなく御書院御番格というものであったろう。


某の祖母の曽祖父が、この御書院御番だったことを知ったのは、

某が27歳の時でした。時は幕末、徳川慶喜に仕えたという。


ちなみに、祖母がその話をすると慶喜のことを「けいき」、「けいき」と言う。

2011年1月23日日曜日

【人間力第43回】逆境の中には利益の種がある

さて早速、その実践方法とは。



★★★実践★★★
逆境の中に入ったら落ち込む事を止めて、目を輝かせて利益の種を探す。
★★★実践★★★


某が多くを学んだ本に、ナポレオン・ヒル著“思考は現実化する(きこ書房)”という本があります。既に読まれた人も多いかと思いますが、今回はそのままヒル氏の言葉を引用したい。それとは、

「どんな逆境もそれ相応か、それ以上の利益の種が必ず隠されている」

これは実に真実を的確に捉えている言葉で、もうこれしかない、という程の金言で全てが集約されている。世の中の出来事が全て必然であるとしたら、その逆境、失敗をした状況の中にも必ず意味があり、そこから何かを学べるはずなのである。

いや、第二章にもあった通り、自分の周りの出来事が全て自分の現実、即ち考え方から起こっているとしたら、失敗にも必ず意味がある、こういった方が馴染みがあるかも知れない。もしここで戸惑うことがあるようであれば、第二章を再度読み返したい。それほど第二章は重要な事柄であるからだ。

つまりその失敗は起こるべくして起きたものであり、行動しなければ起こらなかった事実なのだ。周りを見てみよう。(やりたい事があるのに)行動すら起こさない人がいることに気がつくはずだ。そうした人より少なくとも一歩、進んだ。失敗出来たのが何よりの証拠だ。この失敗に対する気持ちや状況、原因や考え、その他諸事は、行動しなかった人には到底解りきれるものではない。失敗できた選ばれし者としては、あとはその対処法に気を付けるだけだ。5つの失敗に対する対処法を思い出してみよう。自分は何番だったか。5番の対処法が良ければ、この実践をまずやってみることだ。

2011年1月16日日曜日

【人間力第42回】再確認、その後は・・・

失敗が、人間力を高めるのに絶対条件だとすれば、失敗しない手はない。されど、(状況によっては)その失敗により色んな人に迷惑がかかり、諸々の損害のことを考えるから、一般に失敗は遠ざけられている――。



プラス思考とマイナス思考、誰でもプラス思考がいいという事を我々は知っている。希望と絶望、誰でも希望の方を選びたいだろう。また、今まで某が述べている事柄もきれいごとなのかも知れない。現実は、果たしてリアルなものである。

そして、成功哲学本や自己啓発書が述べていることと、この連載が言っている本質はなんら変わりがないのかも知れない。いや、そのはずだ。時代や国が変わろうが、その本質は不変のものと考えられるからだ。ただし、この連載の特徴は一人の人間が今 人生の変革期にあり それに立ち向かうために自分なりの思想を再確認し、実行するところにあります。

その実行をするためにも、具体的実践方法も確認する。くどいようだが知識は実践することによって初めて知恵となり、意味が出てくる。某がこのブログにまとめ再確認をしているだけでは、そこらの本を「ただ」読んでいるのと同じなのである。そうではなく、再確認しあくまでも実行する――、 それが結果として必ず表面に出てくるのだ。・・・と、思うのであります。

「失敗を、恐れるな」

なんて言葉は耳にタコができる程聞いていることでしょう。そんなこと我々は解りきっているし、どこの本にも書いてある、大人の我々にとってもはや何の現実味もないのだ。そこで今回の、失敗に関する具体的な実践方法は、こうだ。

・・・ということで次回に続きます。

2011年1月11日火曜日

googleで、もっと。

 インターネットが進化すると、こんなこともできるわけかー。



実に、おもしろき世だ。

有名でもなんでもない幕末の人物の写真を貼るスレ

先ほど久坂玄瑞氏の子孫である人から素敵なサイトを教えてもらったのでアップしておきます。

http://blog.livedoor.jp/himasoku123/archives/51587012.html#more

「どうせ 最後は カリンなんだろうな オチが見えるようだ」と先バレしましたので、そのままアップしておきます。

百足再来

 今朝は、百足(ムカデ)が服の中から出てきた夢で、飛び起きました。飛び上がるように起き、身辺をくまなく探し、百足がいないことを確認。

原因は解っている。一昨日、アメ横近辺を歩いている時、摩利支天を祀るお寺があった。あの独特な活気が漂う街並みの中――ど真ん中といっていいだろう――に、お寺があったのか。そう思ったのはたった2日前のことだ。

大方、こんなところだろう。

摩利支天 → 山本勘助が信仰 → 武田信玄 → 上杉謙信 → 毘沙門天 → 毘沙門天の使い → 百足。


ほら~~~。 

百足は、痛い。なんせ武神・毘沙門天の使いですから。軍神の御加護のもと決して退くことを知らず、まるで明治期の日本人のように前のみを見つめて進み続ける・・・

犬に噛まれたよりも、蜂に刺されたよりも痛い。車に轢かれたよりも、車に突っ込まれ7~8mぶっ飛んだ時よりも痛い。頭を縫った時よりも、痛い。鼻の骨を潰され、鉄の棒を2本突っ込んで麻酔なしで鼻一個分元の位置にもどした時よりも痛かった。そんな百足物語はこちらから!

今日も百足の如く宜敷く顔晴ります。

2011年1月9日日曜日

いよう。

 ―――幕府の作法で、将軍の顔というのは大名でも見ることができない。江戸城での拝謁のときは上段の御簾のなかに坐し、御簾があがっても諸大名は平伏したままで顔をあげてはならないことになっている。たとえ上目でも将軍を見ることは非常な非礼とされているため、江戸の市民でも将軍の顔をおがむことはできない。


 が、この異例の行幸の異例さの第一は、将軍が馬上で全身を衆目の前に曝してしていることであった。


(こんな若者だったのか)

 と、晋作は近づいてくる徳川家茂の騎馬姿をながめて意外な思いがした。存外、可愛げではないか。
 ひとびとはみな土下座し平伏している。が、晋作だけは顔をあげていた。


「いよう。―――」
 と、この男は、花道の役者に大向うから声をかけるように叫んだ。


「―――征夷大将軍」

 といったとき、さすがに連れの山県狂介らも顔色をうしなった。家康以来、天下のぬしに対してこれほどの無礼の挙動をとった男もない。そういう事件も、徳川三百年間、一件もなかった。もしあったとすれば、ただの刑では済まず、鋸挽きの刑にでも処せられたであろう。

 ところが幕府にこまったことに、これは将軍が主役の行列ではなく、将軍以外の権威である天子の行幸であった。天子に対する無礼ならば将軍以下の供奉の者が家来に命じて取りおさえさせるはずであったが、将軍すら天子の供である以上、彼自身に対する無礼は、それを咎める機能がこの行列にはない。将軍のそばには五千石、三千石といった高禄の旗本が徒歩でつき従っており、また番頭以下の親衛隊士もいる。しかし勝手にとびだして天子の行幸をみだすわけにはいかなかった。晋作は、戦略眼に富んだ男だけに、そのことはよく知っていた。

 このとき、将軍の従士たちはよほどくやしかったらしく、このあと江戸までこのことを手紙で書き送った者が多い。

【人間力第41回】失敗の捉え方例

 ここで、トーマス・エジソンが出てくる。



自己啓発書では必ずと言っていいほど引用される偉人中の偉人であります。ゼネラル・エレクトリック社創業者であり、起業家でもあり、発明家でもある。中でも有名なのは白熱電球だろう。(もっとも、白熱電球自体を発明したのではなく、実用的に改良し特許を取ったのがエジソン氏である)そんな氏が、言う。

「私は実験において失敗など一度たりともしていない。ただ、これでは電球は光らないという発見を今までに2万回してきたのだ」

この回数については諸説があるが、そんなことはどうでも良い。氏は、一般に人がそう受け取るであろう失敗をなんと“発見”と置き換えている。ココなのだ。前章でも述べてきた様にココでも考え方ひとつになっている。考え方のスイッチを一つ押すだけで、こうも変わる。考え方はほんの少ししか違わないのに、その結果が生み出す効果は絶大だ。

もう一度言いますが、失敗なんてものはこんなものなのだ。誠に失敗、恐れるに足らずなり。どころか、氏の言葉に肖ると、この「発見」は成功や成長には絶対必要不可欠なものであり、むろん人間力をつけるのにも絶対条件となるのであります。

2011年1月3日月曜日

覚えておくこと2

 人を説得して何かやらせようと思えば、口をひらくまえに、まず自分にたずねてみることだ――「どうすれば、そうしたくなる気持を相手に起こさせることができるか?」

覚えておくこと

 「わたしには、人の熱意を呼びおこす能力がある。これが、わたしにとっては何ものにもかえがたい宝だと思う。他人の長所を伸ばすには、ほめることと、励ますことが何よりの方法だ。上役から叱られることほど、向上心を害するものはない。わたしは決して人を非難しない。人を働かせるには奨励が必要だと信じている。だから、人をほめることは大好きだが、けなすことは大きらいだ。気に入ったことがあれば、心から賛成し、惜しみなく賛辞を与える」

――シュワッブ曰く

【日本一周19日目】新潟~秋田

 2002年8月1日、夏。

さてこの旅の一大目的を佐渡にて終えたのですが、ココで報告がございます。この度実家に帰省した際に当時の記録を発見しました。2002年7月31日分の旅記録、早速下記にどうぞ。

7/31、実は今回の旅一番の目的地はここ佐渡。リンクにも乗せた「鼓童」をいよいよ目にする事ができた。もちろんアポはとってない、直接行ったところ、うまく研修生だが本物の‘和の伝統’を見る事ができた。その感動は言葉で言い表せない、目に涙が溜まった位だ。気が付いたら4時間が経過してた・・・・・・。しかし・・・・。 
そして、新潟市に戻る。明日はどこまで行こうか、北海道まで行っけるっかな?でっきるっかな?でっきるっかな?さてさてふう~だ!


40分どころやない、なんと4時間も見入っていたのだった!自分の感覚としては10分とありましたが、それが、おそらく30~40分くらいのものだったと記憶しています。とにかく、その感動は絶大なものだったのが解ります。

それにしても自分の文章というものは、後になって振り返ってみると時折腹が立つものであります。何が「さてさてふう~だ!」だ。それから、アポをとっていないことは粋華志義たる人間へと自分を律している者としては無礼にあたる言動。それを「もちろん」と豪語しているあたり、まだまだ青いのが伺えます。しかしながらここは潔く、辱めを受けながらもリアルさを追求するために今後も当時の日記を紹介していきたいと思います。それでは本題に戻ります、どうぞ。

2002年8月1日、夏。


この日も、快晴~。山形に到着。


それから、秋田に到着~。そして、もう、暗い。

次の写真を見てみると、、、

でた、あきたこまち~。しかも、少々質素なのは・・・あきたこまちを堪能するためです~。やっぱり、美味しかったですねぇ。いつだかもアップしましたが、白米、というのは、最高の食材であります。

さて、では早速ですが、この日のリアル日記を覗いてみましょう。

題名:東北の夏。
現在地→秋田県大館市。天気→ちょっと雨降った、今止んだ。 
久しぶりに雨だぁああぁぁぁぁぁぁぁぁ。それにしても東北の大地は間隔が広い!お店の敷地とか、駐車場とか、後次の目的地まで200kmが当たり前の間隔。 
明日はあの伝説の大陸、北海道に突入する。 
制覇→山形県山形市、秋田県秋田市。 
残り→1都1道7県。


おお!明日には北海道に入るようですが、大丈夫でしょうか?さてさてふう~だ!乞うご期待であります。

ということで残り9日、9都道県~

2011年1月2日日曜日

【人間力第40回】失敗を恐れない

正月だろうが、人間力は続きます!



何度も言うのですが、失敗をしない人はいない。誰だって初めて歩く時は転んだ、自転車もそうでした。スキーはまず転ぶ練習からします。スノボーだってそうなのは、転んだ時に大怪我をしないように安全な転び方を学ぶわけであります。

失敗がなければ人は成長しないのだ。失敗?そもそもそれを失敗なんて捉える必要はないのではなかろうか。これも、重複するようですが、人は赤ちゃんが立とうとして転ぶ際に、「失敗だ」なんて思うだろうか。たしかに立とうとして転んでしまったんだ、それは失敗とも言えるでしょう。ただ、一時的な失敗であることを全員一致で我々は知っているはずだ。赤ちゃんは転べば転ぶほどバランスを掴み、その内必ず立って歩けることを我々は知っている。そもそも失敗なんて、こんなものなのだ。

平成23年度、開始。

皇居に、一般参賀へ行って参りました。昨年は渋滞に阻まれ、あと数分の時間差で間に合わずに一年がはじまりませんでしたが、今年は余裕をもってしかも電車で参りました。そして、



無事、拝謁も叶いました~。

これにより、はじまらなかった平成22年度はもちろん、平成23年度が、開始。



本年度は飛躍の年にて候。
苅拝

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