2011年9月30日金曜日

龍馬語録12

 
「おれは落胆するよりも、次の策を考えるほうの人間だ」

龍馬語録11

 
「四、五十人も人数が集まれば、一人ぐらい異論家はいる。いるのが当然でもある。その一人ぐらいの異論を同化できぬおのれらを恥ろ」

龍馬語録10

 
「志を持って天下に働きかけようとするほどの者は、自分の死骸が溝っぷちに捨てられている情景をつねに覚悟せよ。勇気ある者は自分の首が無くなっている情景をつねに忘れるな。そうでなければ、男子の自由は得られん」

龍馬語録9

 
「衆人がみな善をするなら、おのれ一人だけは悪をしろ。逆も、またしかり。英雄とは、自分だけの道を歩くやつの事だ」

龍馬語録8

 
「死ぬときは、たとえどぶの中でも前向きに倒れて死ね」

龍馬語録7

 
「男子はすべからく酒間で独り醒めている必要がある。しかし同時に、大勢と一緒に酔態を呈しているべきだ。でなければ、この世で大事業は成せぬ」

龍馬語録6

 
「『・・・しかない』というものは世の中にはない。人よりも一尺高いところから物事を見れば、道は常に幾通りもある」

龍馬語録5

「議論などは、よほど重要な時でない限り、してはならぬ、と自分に言い聞かせている。もし、議論に勝ったにせよ、相手の名誉を奪うだけのことである」

龍馬語録4

「奇策とは百に一つも用うべきではない。九十九まで正攻法で押し、あとの一つで奇策を用いれば見事に効く。奇策はそういう種類のものである。真の奇策縦横の士とはそういう男を言うのだ」

龍馬語録3

「藩の都合だけで政治をする。一体、日本人はどこにいるのか」

人の進退

人の進退とは、常にその人の心をもって決すべきこと。周りの人間がそれを止める様な不粋はすべからず。

2011年9月28日水曜日

浅井三姉妹

 
浅井三姉妹、



その運命の激しさは、



どうであろう。

正に戦国に生きる女性の物語、果たして戦国時代というのは、男だけのものではないのだな~

2011年9月26日月曜日

【人間力第64回】では、いつ怒るのか

 改めて繰り返すが、怒ること自体を悪く言うつもりは毛頭、ない。


ついにキタ、ココからがCOMPLEXの真骨頂、2人のギターに注目スベシ

注意すべき点は“感情のままに怒ること”であります。

例えば先ほどのレストランの場合、その後の店員の態度が悪ければ注意するのも良いだろう、またはそこのマネージャーにモノを言うのもアリだと思う。ただし、ここでもモノの言いようだ。センスが伴う。例え相手の態度が悪くても、そこで我を忘れて怒鳴るようではもう周りが見えていない、感情にコントロールされている証拠である。

したがって、人間力の無さを公言している様なもの。何故なら、周りの人も食事を楽しんでいるのだ。もしかしたら今その瞬間、プロポーズ中のカップルもいるかも知れない。平常心を持って、冷静に怒るのはアリだ。店員の態度が悪いのなら、それがその人の為にもなるであろう。

もっとわかりやすく言うなら、それは親が子供を教育する、ソレであろう。親は子供を育てる時、怒らないといけない場面がいくつもいくつもある。でもその時、親は感情のままに怒るだろうか?ソコだ。愛を持って怒るのと、感情に支配されて怒る、この違いなのだ。

戦国環境

 「ばくちをするからだ」

と、松蔵はいう。戦乱のころは侍どももばくちをし、戦場でもそれをやり、賭け物がなくなればつぎの戦場で獲る首を賭け、いつも囊中に風がふき、金銀などは身につかず、平素ははだかでくらし、この世は所詮は勝負よ、ばくちよ、泡のごときものよ、とおもって暮しているために身に未練がない。いま、世定まって侍の風儀がよくなり、おのれの身上を愛するがゆえにばくちもせぬようになったが、中間どもは日ごとそれを打ち、負けもし、勝ちもし、つねにおのれの心胆を練っている。(今)もし戦があれば侍が強いか中間がつよいか。

2011年9月24日土曜日

三成再来

 
DTKSさん、

やっぱり

この人、

ただ者では

ござらん様な

気がします。。。

2011年9月20日火曜日

龍馬語録2

 
「はてさて人間の一生というのは合点のいかぬものよ、 運の悪い者は風呂から上がる時に金玉をぶつけて死ぬものである」

龍馬語録

 
「何でも思い切ってやってみることですよ。どっちに転んだって人間野辺の石ころ同様、骨となって一生を終えるのだから」

大一大万大吉

 
「天下を我がものにせんとする家康の不埒な行い、もはや見逃せぬ。
奴の手から豊臣家を守れるは我以外になし」
「天に誓って言う
わしに私利私欲はない
ただただ良き国造りを成し遂げたいだけだ
その志を、皆に解ってもらいたいのじゃ」

「万民が一人のため、一人が万民のために尽くせば太平の世が訪れる」


あの西郷サンも尊敬する人だという。
この人がテレビ通りの人であれば、偉人であります。
もっと幸薄な人かと思っていたが、なんと志と義の塊のようなお人ではあるまいか。

2011年9月11日日曜日

幸村武勇

 「山下秘録」という書物によると、幸村の家来や配下の侍は一人残らず戦死したらしい。


「ふしぎなる弓取なり。真田の備に居し侍も一人残らず、一所に討死せる也」

とある。

首実検のあと、東軍の将士が、

――武勇にあやかりたし。

と、むらがり集まり、幸村の髪を一筋二筋剪って懐中におさめる者が多かった。

【人間力第63回】何故、すぐに怒っては不利なのか~続き2~

 (感情的に)(むやみに)怒ると、どのように損をしているか、


今一度、ひっぱりマス

これは実を言うと大自然の法則に触れるものでありそもそも説明のしようがないかも知れないが、要するに巡り巡って必ず身に振りかかって来る、というアレである。先にも出てきた、鏡の法則とも言える。普段の行いが良ければそれが必ず身に返ってくる。笑顔を振りまけば笑顔が返ってくる、お金を使えばそれが回って自分のところに返って来る、というのと同じである。

こういった事は誰もが違う状況であり、しかも自分に返って来たことに気付かない場合もあり、さらには何か違ったモノやカタチでもあることからも、科学では証明出来ないことなので ついうやむやになっているが、これを忘れてはならない。だから先人達は明確に説明出来ずにいるのだ。ただこういった言葉に置き換えられて口でそれをまとめているようではある。

「自分がやられて嫌なことは、人にしてはいけません。自分がされて嬉しいことを、人にしてあげなさい。」

つまりは、かの黄金律である。

2011年9月10日土曜日

携帯がないと、

 不便 鬼の如し。

本が、

たまる。

2011年9月6日火曜日

【人間力第62回】何故、すぐに怒っては不利なのか~続き~

はい。このお話はこれだけではない。そもそもこの場合、怒ったところでどうなるかを考えてみよう。


ココら辺からがcomplexの真髄

・恋人への印象はどうか?
・クリーニング代を払ってくれるようになるのか。そうであれば、怒ることによって少しでも高く払ってくれるのか?高く払ってもらえたとして、虚しくはないか。
・怒るよりも、鏡の法則を使う余裕はなかったのか?
・周りで同じく食事を楽しんでいる人への影響はどうか?雰囲気を壊していないか?
・次回お店に来ることがあった場合、お店の対応はどうか?
・もし自分がウェイターだったら、怒られてどう思うか?怒るどころか、そのお客が逆に紳士の振る舞いだとしたらどう思うか?
・怒ることによって自分の気をせいせいしたいのか?
・怒ることによって何を得られるのか。そして、何を失うのか。

何点か挙げてみたがどうだろう。その状況、状況で色々な事が想定出来るが、筆者がここで言いたいのは、良さそうではないと思う一番の理由は、それ相応の人間を形成させてしまうことである。

この状況で感情の向くまま怒鳴った人は、おそらく他の場面でも同じように感情のままの言動をすることだろう。逆に余裕を持っていられた人は大抵、同じように余裕を持っていられるはずだ。あるいは、そうしていく対応がその人の人間を形成している。

つまり、今挙げたレストランの例は一例に過ぎず、毎日それこそ未知数とも言える自分の周りに起こる事柄を知らず知らずの内に、今の例と同じように処理をしているのだ。もしかしたら今回怒ったところでクリーニング代がより高くもらえるのかも知れないが、それは結局目先の事で、人生という長い目で考えると、必ずと言っていいほど損をしていると言えるだろう。→と考える。

人生とは、その時その時の事柄を点とした時に、その天文学的数字に及ぶ点を全て繋げた“線”であるとも言える。つまり、その点である事柄をどう処理するかによって人生という線が出来ていくわけである。→と考える。

真田幸村


「東軍百万を呼号するといえども、ついに一個半個の男子もおらぬのか」



世にも高名な武将 真田幸村を勉強中~

2011年9月4日日曜日

世界一周

 我が友が、昨日(9/2)より世界一周の旅に出た。

http://www.yukinagao.com/

1年から2年ほどをかけての旅らしい。先を、越されましたな。彼女はベルギーのアントワープ時代に知り合った娘で、才あり、色ありのデザイナー&クラフトマン。もともとアクティブな子だったからなぁ、先を、越されましたな。

「もし願いが1つ叶うなら、何をお願いする?」

という質問をする人がこの浮世には、たまにいる。僕の場合は決まっている。歴史、特に日本の歴史の全ての場面をこの目で見てみたい。幕末は無論、言うまでもないが最近読んだ信長、秀吉、家康あたりも強烈な人達ですな。ただし、これも単なる世間話の枠を超えない。

となると僕は世界一周をしてみたい、となる。僕はまだ行ったことのない著名な土地に行くと、胸が“キュン”となる。ホントに、そうなる。もののふを語る自分が言うのも軟派なもんだが、たしかになる。もう、いてもたってもいられなくなって、そこにいること自体、違う文化、人間、景色、世界、違う常識とかが、もう、楽しくてしょうがない。そんな無数の“キュン”やドキドキ、ワクワクをこれから彼女はしに行くのだろう。

ちなみに、自分が特に行きたいモアイやオーロラ、ヴェネツィアやリオのあのキリスト像、全部行くとの事。思いっきし見てくるとの事。これぞ粋だな。旅の無事を祈りつつ、彼女のブログを見ていくことにしよう。

2011年9月2日金曜日

武士道頽廃



「討死」

戦国の最盛期ともいうべき元亀・天正年間には、人の将たる者がこういう言葉を軽々には口に出さなかった。討死とは敗北であろう。戦国にあっては合戦は勝つために存在し、みすみす負けるときまったいくさは避けた。避けざるをえない場合は降伏した。降伏しない場合は、その悪条件をもってなんとか勝つべく知恵をしぼり、不可能とおもわれる行動までとった。

死をもって美と考えるようになったのは江戸初期、ことに中期前後からのことで、泰平が生んだ特異な哲学であったが、ともかくも戦国にあっては武士はあくまでも勝たねばならず、ひとびとは勝利をのみねがい、たとえ万策尽きて一時降伏してもそれはあとで勝つための便法であることが多かった。

ところがこの大阪夏ノ陣ぐらいから、死への賛美がはじまるのである。それも勝って死ぬのではなく敗けて死ぬことを壮烈とした。さらには死そのものを飾りあげる精神も、この時代からすでに葦牙の芽のようにして出かけている。

大阪方の塙団右衛門も、浅野方の浅野忠知も、実戦歴という点ではゆたかすぎるほどの古武者であり、また主家を何度もかえることによって世間も渡りあるいてきた。戦国というものを体のなかで知りぬいているはずの男が、壮烈な敗北死という、主家にとって迷惑至極な美のとりこになり、かつそれを誇示しようとしている。武士道の頽廃がすでにこの時代にはじまっているとみていいであろう。

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