2012年1月31日火曜日

韓国会

 
出た~、韓国の伝統、眞露一気。
下戸とか関係ない、注がれた眞露は飲まなきゃ信用してもらえない、そんなシステム。

そんなこんなで、眞露パンパン。
みんなわんぱくだわ。

ソウルタワー(南山タワー)。
東京タワーより低いものの山の上にたってるもんだから、
その景色は格別。
なんで降りる時に走って駈け降りたのだろう。。
それは、一緒にいた仲間がtoo much energy だからだ。

はい、ミスターenergy。
年下ながらに尊敬に値する同志でもある。

これね。
いや以前のブログでもたしか書いたが、1回目、2回目共に韓国の「辛い」を求めたがついに辿りつけなかった。そこで、地元の面子の前でその旨の話になり、
「韓国は辛い辛いというが、ひょっとして本当に辛いものなんてないんじゃないか?」
あおってみたところ連れて来られたのがココ。
となりの冷麺がノーマルで私のが赤いの。
赤いの全部辛いのね。
すぐ謝罪しました、果たして韓国料理は辛かった!
3回目にしてやっと韓国に上陸した感がありました。

韓国は、アツい!
人が、たぎっちょる。

2012年1月27日金曜日

長州征伐の理由は捏造・・・戦争前の緊迫する長州の様子/慶応元(一八六五)年九月七日

 
九月六日朝、思いがけず京都寺町で川村盈進入道に行き合い、幸いにもご一家の様子など伺い、ご機嫌よろしくめでたいことでありました。次に私はじめ高松太郎もふだんと変わることなく気力を奮い起こし精励しております。ご安心くださいませ。ひとつ、今の時勢をお伝えしましょう。
今差し迫っているところは今年四月頃、宇和島候より長州へ送った書状のことです。その書状とはこのたびの将軍が長州征伐する理由を、幕府の役人が文書として送ったものの写しです。
その文中に書かれているのは、このたびの幕府軍の出陣の理由は、長州が外国と内通した容易ならない企てがあったということです。それはオランダのコンシュルが横浜において申し立てをしたということになっています。
また、下関に私的な交易所を開設したということです。その他の三項目も全てくだらない事件です。
さて、龍馬は春の終わり、江戸から京都に上りそれから蒸気船の便があったので、九州に下って諸国を巡り、下関に到着した頃には五月十日前になっていました。現在の長州にすぐれた人物がいないと言われますが、桂小五郎という者がいます。
ですからこの人に書状を送れば、速やかに山口に砦が築かれるはずです。いくつかの話はありますが、先ほどからの宇和島から来た書状のことに及びます。龍馬はこの下関に前後六十日ほど滞在しました。その頃、オランダ船が中国の海から玄界灘の辺りに出没していました。
そのとき船を止めて、長官らしき人が八名上陸しました。そのうち英国人が一名いて、桂小五郎や伊藤俊輔たちは非常に憤慨しました。あるときなどは例の宇和島から来た書状について言うことにはこのとき俊輔のほか長州の人二名とともに龍馬もいました様々なうわさが飛び交い、幕府と長州の仲を悪くし、今は将軍の大軍が出発して大阪まで来ています。これはオランダの讒言から起こったことです。
どうしてかというと、始まりの前後の話について少し別の書付があってオランダ人さえも赤面するようなことが書かれています。
オランダ総領事が言うには少しも長州に対し讒言などしていないとのことです。つまりこれは小倉藩が長州に対する讒言をしたというわけです。そのときすぐに小倉より申し立てたという書付を外国奉行から見せてもらい、手帳に記しましたので、お目にかけましょう。それを幕府の役人どもがオランダより申し立てたことにして事態をでっちあげたのだと言っておりました。
長州の伊藤俊輔が言うには、そんなわけで近いうち幕府軍と一戦交えることにでもなれば、まず初めにこの談話に及ぶべきだというのです。また、小倉藩に対しても同藩から様々なうわさを流した罪に対し責任を問うとのことです。
そのとき立ち会わせてくれないかと尋ねたところ、オランダ総領事はうなずいて承知してくれました。
それはさておき今までのことを一々書付によって最近小倉藩を強く問いただしたところ、小倉藩は言葉なく、幕府にその長州の書状と小倉藩の家老の付紙とをもって、急いでご詮議くださいと願い出ております。これらのことはまず、幕府かオランダか小倉藩かがその罪を受けなくては解決しない。
○ この頃、幕府から長州の家老または支藩への呼び出しの命令が下されました。ところが長州は以前から
呼び出しには応じないことに決めています。幕府は応じなければ、大軍を西に進めるということを決定し、諸般に通達しました。その出兵の期限は九月二十七日です。
近頃、長州は兵士を大いに鍛え抜いています。
四月頃から現在まで毎朝六時頃から十時頃まで国中の兵士を訓練しています。
まず三百人から四百人を一大隊とします。一大隊ごとに二人の総監督と参謀がいます。藩内各地の郷々村々で毎朝、一大隊の兵士訓練が行われています。日本中で他にはないことです。
長州に入れば、山川谷々いたるところ防護壁ばかりで、おおかたの、大きな道路には残らず地雷があります。西洋砲術は長州だというくらいで、少しでも森があれば野戦用の砲台があります。仲間を引き連れて見物しましたが大変おもしろいです。
私は今は京都に居ります。また摂津にも居ますが、ずっと屯所詰めです。
ご安心くださいませ。申しあげていればきりがありませんので、次の便のために残しておきます。

七月七日  稽首謹白
龍馬

尊兄
大乙姉
於ヲやべどの

追白  乙女姉さんに申しあげます。あの南町の乳母はどうしているのか。時々気にかかります。もう風が寒くなっていますから綿入れなど贈ってやってください。私は百里も離れていますので、思うようにならず、心配しております。
この手紙をご覧になった後は安田の順蔵兄様のもとへお回しくださいますようお願いいたします。かしこ

2012年1月21日土曜日

(坂本乙女あて)内蔵太ら土佐人の活躍/慶応元(一八六五)年夏推定

 
その後お久しゅうございます。
近頃、さぞやご心配されていることだと
思っております。さて、私や英太郎たちは皆元気で精出し頑張っております。
どうか今年中お待ちくだされば
面白い話を
お聞かせいたします。今、
薩摩藩邸に居ります。
近頃、将軍が大阪に
来られ、長州征伐するということも言われていますが、大軍はただ
無益に日を費やして
いるだけで、何の動きも
ありません。
池内蔵太については、この頃八度の
合戦に参加しだんだんと
戦の功績を上げています。
最近長州では遊撃軍の参謀作戦をたてる人という役に
就いて、その気概ある行動は諸軍を勢いづけていますから、
見張り役を兼ねて一軍四百人の
先頭に立って、馬上において
内蔵太に旗を一流れ
持たせております。
だいたい、土佐から出てきた者は
どこでも皆大将となりますし、
また戦いでも一番強く、潔く
討ち死にする者が多いのです。
ああ今、土佐藩政が
都合よく動いていれば、全国に
名が知れ渡ることでしょうに。
残念なことです。

2012年1月14日土曜日

私の近況は・・・/慶応元(一八六五)年夏二十二日推定

その後あなたへの連絡が遠のいているように思います。
昨日あたりから風邪のため
お引きこもりだということ、
くれぐれもお大事になさってください。
さて、私については国の
ことを考える以外には何もなくあちこちの人と手紙の
やり取りをしています。唯一
あなたでなくてはできないことがあって
ぜひお目にかかりたいと思っています。
あの海軍士官を
命じられた者たちが、大阪
において命じられたときは
私は大急ぎで大阪に
下らねば、彼らの
居場所を知らない
という次第でした。
すぐにお聞き合わせをしてください。
頓着

二十二日     直陰

池内蔵太さま   濤次郎

2012年1月7日土曜日

龍馬の哲学「じっと機会を待て」/元始元(一八六四)年六月二十八日

 
あの小野小町が詠んだ名歌にしても、実際日照りが続く時には、絶対に雨は降らないものです。
あれは北の山が曇ってきたところをそっと観察して知った上で詠んだのです。
新田忠常が太刀を海に捧げて潮を引かせたのも、干潮の時間を知っていたからなのです。
大きい仕事をする者は、時期を見てやることだ。
ねぶとも十分腫れるまで待たないと、膿を出そうと思って刺した針に膿は着いてきませんよ。
おやべさんにはもう子供ができた、という人がいます。
どうなのか、私が言っている、と伝えてやって下さい。かしこ。

六月二十八日    龍馬

おとめさまへ
この手紙、ほかの人には決して見せないで下さいよ、かしこ。

2012年1月6日金曜日

土佐日記~山内家下屋敷長屋~

 
山内神社を左に出るとある、長屋。
中はなるほど、当時の藩士が詰めていた長屋とは、こんな感じだったのか~

はい、かずとよくん。


って、おい。TKMCくん、


ふつうはこうやって撮るだろ~

と、ちょうど先日にこの山内一豊とその賢夫人・千代の物語を読み終わった。つまり、この写真の当時はそこまで内容を知らなんだが、なるほどこの千代とは話に聞く通りのお人だったんだな。

特に土佐入りする時のくだりは、もう止まりませなんだ。鬼の棲む国の当時の情景、「死生知らずの野武士なり」と言われる一領具足、ここから上士と郷士の対立が始まり、265年の時を経て幕末まで続いたことを考えると、坂本と後藤のした事は偉業と言わざるを得ない。清風亭の会談はあまりスポットを当てられないが、規模は違えどパレスチナ問題と本質は同じである。・・としたら、その問題の重みが見えてくる。


そうだ 土佐、行こう。

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大阪人は「Bang!」と言ったら撃たれる

 
大阪。来週が楽しみだわ~。これ、やってみたい。

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