2014年10月25日土曜日

日本人がタイを勘違いするたった1つの理由。

タイ語には、「まずい」という単語がありません。「美味しくない」という表現になります。同時に、「悪い」という単語もありません。「良くない」という(直訳すれば)表現となります。つまり、柔らかい表現となるんです。

自分が作った料理を「まずい」と言われるより、「美味しくない」と言われた方が、まだ傷つかないですよね?(一緒か?)

ではタイ語では、反対語を全部そのように表現するのか、と言うとそうでもなく、例えば「美しい」の反対語で「醜い」という単語はあります。「香しい」の反対語で「臭い」という、言わばネガティブな意味合いを持つ反対語でも、あるものにはあるんです。というか、香しい、なんて言葉、今知りました。

では、何故「まずい」と「悪い」の単語はないのでしょう?それは、


知りません。タイ人に聞いても、解りません。笑い話になってしまう。このあたりにタイ人の気質が、出てると思うんです。そして、このあたりに日本人がタイ人を勘違いしてしまう要因があると考えるのです。

タイ人は微笑みの国だと言われるほどに、たしかによく笑っています。例えばの話ですが、交通事故にあっても微笑んでいる、といえば極端な話ですが、まあ、そんな感じです。

これは、どうゆうことか。すべてに置いて基本、彼らはいい意味で微笑みを絶やさないのですが、タイ人とビジネスや、友達でもいいです、何か一緒にやることになったら、その微笑みの裏に何かがあるかも知れないことを知っておいてもいいかもしれません。と、言いますか、自然と解ってくることなんですけど。

先の大戦の時にたしかイギリスの軍人がこんなことを言ってました。

「日本はそんなに強国なのであれば、なんで強いと言ってくれなかったんだ?言ってくれればあの時、(船を)沈められることもなかったろうに…」

みたいな。日本の文化では、あまり自分のことを大きく言う事を美徳としません。それとこのタイ人の微笑みの文化とは、本質レベルで同じことだと思うんですが、とにかくタイにはこのような素晴らしい美徳が、あります。

だので、微笑んでくれるものだから、よかれと思って進めていた案件が、実は良く思われていなかった、ということがしばしばあります。

それなら、どこぞの国のように、悪く思っているときはあからさまに表情なりに表してくれた方がやりやすい、という意見もあります。それはそれで解らないでもないんですが、そんなこともあって、タイでビジネスや仕事をするということは、観光で来ただけでは理解できない世界が繰り広げられているのもまた、事実。







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2014年10月21日火曜日

世の人は、我をなんともいわば云え。我が成すこと、我のみぞ知る

と、口ずさんでみた。





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2014年10月20日月曜日

「お客様は神様」の迷言

「お客様がそう言ってるから」

という言葉を時折、耳にします。何かあれば「お客さんが」「お客さんが」。こうした会話を聞いていると、まだまだ日本には「お客様は神様」だという慣習が残っているらしい、ということを感じます。


いや、その心意気は立派なんです。そのくらいの気概を持ってお客さんに対応するからこそ、今日のジャパンクオリティは確立できたのだと思います。が、それは必ずしも答えとはならないような気がするんです。今までは良かったものの、気づいてみれば世界の中で取り残されてしまっている・・・、よく言われるある種のガラパゴス化ってやつですかね。。

ひと言で言ってしまえば、お客さんも人間であって、神様なんてことは、決してない。お客さんだって、間違ってることを言うことも、あるんです。お客さんの言うこと成すことすべてを鵜呑みにしてしまっては、その商品(モノであれ、サービスであれ)を提供する側の人達(メーカー、下請け業者、自社のスタッフなど)の人権がなくなることにも繋がります。

例えば、「神様」、というように崇めて、崇めて「お客様の言うことは絶対」の精神でやっていたとしましょう、そんなことをしていたら、誰もその人には協力してはくれなくなるでしょう。気がつけば周りに誰もいなくなり、一人ぼっちになることは火を見るよりも明らか。

さらに、例えばこの「お客様は神様」という一昔前の時代の、今日となっては浅はかな考え方を応用すると、私にとっては「職人さんが神様」、「下請けが神様」という風にもなってなくる。←例えば、ですよ。こんな考えにはならないですけど、これは「お客様は神様」と言ってることと、同じことなんです、本質レベルで言えば。

お客さんはたしかに大事。お客さんがいなければ誰も商品を買ってくれる人がいなく、我々は食べていけないからです。でも、それと同じくらいにメーカーも大事。メーカーがいなければ商品がなく、買ってくれる商品がなければ、お客さんはいても我々は食べていけないからだ。

それと同じく、自社の社員さんも同じくらい大事。しいては自分も同じくらい大事なのであります。例えば、自分がお客さんのことを想って徹夜で仕事をしていたとして、過労で倒れてしまったとする。結果、そのサービスを継続して提供できなくなったら結局はお客さんにも迷惑をかけることになりかねない。お客さんだけではなく、自分の周りの人達への影響もあるでしょう。

だので、お客さんが大事なのではなく、お客さんも大事なんです。お客さんも、メーカーも、職人さんも、社員さんも、それから自分も、そのビジネスに関わる人は、みんな平等に大事なんです。これに、優劣はありません。これが、私の自論です。



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2014年10月17日金曜日

奇兵隊開闢総督の名言


「艱難ヲトモニスベク、富貴ヲトモニスベカラズ」

とはよく言ったものだ。この人間の性質とも言える真実を、27歳という若さで知っていて、その知恵には常に行動が伴っている。



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2014年10月14日火曜日

人道を基準にする考え方

誰かが「それって犯罪じゃない?」という時、ではその人は、自転車で歩道を本当に走らないのか?と思ってみたりする。また、その人が車を運転する人ならば、どこでもいつでも制限速度をオーバーすることなく運転しているのだろうか?という天の邪鬼な発想が頭をよぎります。

いや、その答えが「Yes」の場合もあり、実際にそうゆう人がいたとしても不思議じゃない、といいますか、そんなことはどうでもよかったりする。

今、こうして書くのは、もちろんボクが犯罪を推奨してるわけじゃないし、てか、こんな断りを入れること自体がなんか、アレなんでこのまま、誤解を恐れずに続けたい。


話を元に戻すと、冒頭の言葉を言うような人は、「法律」を基準にして思考が働いているということ。もちろん、法は大事です。そんなの、わかってる。でもね、法律なんて毎年変わってるし、国によっても異なるものだし、そもそも、法律とて人間が作ったもの。要は、必ずしも絶対的なものでは、ない。

人間は習慣の生き物ですからね、法律基準だと、基本的にはどんな時にもそれで動き、結局は動きが鈍くなります。自分を必要以上に制限することにも繋がります。法律なんて、十人十色いる国民を一律に法によって治めるためにあるもんですから必要なものだし、それだけに時には厳しく設定されてるものもある。だから、規制緩和なんて言葉もよく耳にします。→だから、基本的に法律なんて上等、常識なんてクソっ喰らえなんです。

それに、これを基にしていたら、明日は犯罪者、なんてのも有り得ない話でもない、極論なんですがね。あの坂本龍馬だって国家的犯罪者だったことにもなるんで。

じゃあ、何をもって思考の基準とすればいいの?ってなりますが、そんなの私の知ったことじゃないですし、正解なんて人それぞれなんかじゃないかとも思われます。ただ、これだけは言える、というのが、カリベトシオは人道をもって基準としていることです。

人の道、と書いて人道。一言で言えるものでもありませんが、嘘はつかない、言ったことはやる、筋は通す、約束は守る、間違ったらごめんなさいする、そんなスタンスでやってるんで、なんか楽だし、なんか、おもしろい。最近、いよいよ人生が楽しくなってきました。これだから、人生止めらんない。

そうだ、粋華志義で いこう!

追伸
粋華志義って、いい言葉だな。自分が求めている人間像に、ぴったりだ。



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2014年10月9日木曜日

瞑想することをいつの日かからか忘れていた件←もったいない!

今読んでる真田昌幸が瞑想する部屋もっていて、それは武田信玄に影響されて、とかのくだりを読んでいて思い出しました。

最近、瞑想してない!

と。

もったいない!

と。はじめて瞑想のススメを聞いた時のことを、今でもよく覚えています。あれは、第一回目の怒涛のバンコク編を終えて一旦日本に帰る時のこと。MRさんが教えてくれました。


(湖でもなんでもいいんだけど)水の表面というのは、少しでも波が立っていれば何も見えない。が、少しの波も立ってなければ、景色を映し出す。それと同じように、瞑想すれば心の波を抑えて、心の景色が見えるようになる。

みたいな、ね。要は、そんなことです。

それを聞いた時は、私なりに衝撃を受けましてね、なんだ、そんな簡単なものだったのか、と思いました。どうやら、瞑想の仕方というのも、自由で、人によっていろいろあるんでしょうが、瞑想の本質をその時教えてもらったようでしたので、それからちょくちょくやっていたんです。

それを、最近、ワ・ス・レ・テ・タ。

なかなかね、僕は好きなんですよ、瞑想。

そうだ、瞑想 しよう!


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2014年10月7日火曜日

不動産投資第二弾、


予約しました。

จองแล้วครับ



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2014年10月6日月曜日

タノンチャンのコンドー視察 20141005

タノンチャンのコンドーショールームが今日できるというので、見てきました。


といっても、家具とかなんにもないんであっけらかんとしてるんですけど。


ここかな~


ここのいいところはなんといっても立地条件と価格のバランス。タノンチャンといえども、ほぼナラティワートですからね。サトーンど真ん中のちょっと裏に入っただけの、自分的に超穴場。これでで、平米単価9万B。

で、加えて言えば、敷地面積が広い。普通のコンドーって、せいぜいあっても2棟くらいじゃないですか。それが、ここは3棟プラス共有建物(これは2階建てだけど)も合わせると全部で4棟分もある。その分、緑とかもあって、なんか非常にいい雰囲気を醸し出しているのです。

それから、徒歩圏内にmacroがあること、これはデカイですよ。これだけで、将来、空室率を低く抑えて貸す自信があります。

タノンチャンは、穴場やわ~



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2014年10月4日土曜日

教育が大事、という話。

ある人が言っていた言葉、「教育が大事」だということ。これをまた頭をよぎる───。


イスラエル大学の日本フェスに行った時の話。同大学日本人講師が折り紙を教えてたんですね、参加者は何人くらいでしょう、たぶん200人くらいはいたんじゃないかな。イスラエル人がほとんどで、その他ロシア人や、とにかくユダヤ系東欧諸国の人が多かったと思います。

で、そこで驚いたのが、みんな、折り紙をぴったり折れないのよね。ほら、日本人なら大抵はぴったりと端と端を合わせて折るじゃないですか。そりゃ、中にはいい加減な人もいてズレるんですけど、それでもそのズレは日本人レベル。その場にいたズレはひどいもので、「真面目にやってるの?」と思ってしまうほど。

今日は今日で、タイ人の人にチェーンストックの長さを確認しました。彼女も外出していたので電話確認となり、「大体10メートルくらい」と言っていたのが、実際測ったら2メートルにも満たなかった。もっとも、実際に使うブレスレットの本数として確認したので、その変換が彼女の中でおかしくなってしまったのでしょう。

とにかく、こんな感じでいちいちの情報の正確性に乏しい、ということを感じます。日本以外は。こういうことに対して、「教育だな」と思うのです。

たぶん、折り紙の端と端を合わせて折れる方が、折れないよりかはいいと思う。いや、実際折り紙なんてどうでもいいんですが、肝心なのは、折り紙をぴったりと合わせて折れるという、“きっちりとした配慮、感覚”を持ち備えているということ。

長さにおいてもそう。手元にブツがないのだから、100%正確な情報は得られないことはこちらも承知。でも、「大体10メートルくらい」と言われたら、せいぜい8メートル~12メートルくらいだろう、たぶんこれが日本人の感覚。でも「この娘タイ人だからな」ということで、5メートルから15メートルくらいで覚悟はしてました。そしたらまさかの2メートル弱。こんなデタラメな情報だったら、はっきり言って「覚えてない」と言われたら方がまだ助かるのです。この件にしても、正確性をもって伝えられた方が、デタラメな情報よりかもいいと思う。

これらは、教育で成るようになります。ただ、日本人式の教育でやればいいか、となるとそれはまた違う話。というのも、先進国の中でも日本の幸福度は低い。これを具体的に、しかもタイ人の気持ちを代弁して言うなれば、こうなります。

「そんなにきっちりやって、人生楽しいの?」


個人的な見解としては、日本はこの道を追求していったらいいと思います。幸福度、という弊害はあれど、きっと日本特有のその文化の中で、他国には計れない日本なりの“幸福”は見い出せるはずです。ただ、この場合、日本人が自覚すべきことは、折り紙をぴったり折れることが必ずしも幸福とならないこと、チェーンの長さを正確に答えられることが必ずしも幸福にはそのまま結びつかないこと。

日本の正確性、所謂ジャパンクオリティーなるものは世界でも称賛される傾向はありますが、かといって自分自身にその正確性を求めるか、となるとそれを拒む人も少なくはないと思う。だって日本のストレス社会ってグローバルスタンダードで見ると異常ですから。それで効率がいいのならまだいいんですけど、そんな日本人よりガサツなアメリカ人の方が成果は出してるんですよね(あくまで一般論ね)。

聖徳太子の“いいとこ取りの精神”で、いけばいいんだ!



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2014年10月2日木曜日

エバーノートって便利だな~とつくづく思いますよね


私は効率のことを考えても、バンコクで外回りする時にはバイクで回ってるんですが、運転中って、何もすることないじゃないですか。

いや最近、ピークは超えましたが1日100km走ることもようあったのでこんな話となっとります。

何回か、ipodなんぞを使ってご機嫌で回ったりしたものですが、後から気づいた、

時間がもったいない。

って。だので、バイクを乗る時は大抵色んなことを考えている。そう、私にとってバイクを乗る時は自分とのミーティング時間、みたいな。あれこれ妄想が膨らむんですよね。

別に仕事の事以外でもいいんです、内容はいいとして、それを空いてる時間にエバーノートに落とし込んでいきます。それを後になって一生開くことがないものかも知れない、なんて考えません。文章に記録に残していく時点で、またまとまったりもします。

アイデアなんかも忘れ去られる心配もありません。ていうか、安心して忘れられます。

なんか、よく思うのが、エバーノートの使い方って結構人それぞれじゃないですか。以前ネットで調べてすごい整理の仕方をしている人がそれを公開していて、ボクもそれを自分なりに変えて使ってるんですが、もっと知りたいな。たぶん、もっと「そんな使い方は知らなんだ!」みたいに衝撃的な使い方があるはず!

なんか「これは俺(私)だけだろう!」みたいな使い方をされてる方は、教えてください!



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2014年10月1日水曜日

まずは、


玉を取ることだ。

全部、それからだ。



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