2014年11月29日土曜日

僕がスーツを着ることがあまり好きではない3つの理由

それは、首が絞まるのが窮屈で嫌だから。これがまず一番。次いで、暑い。三番目が、他の人と一緒になってしまうから。どうでもいいことなんでしょうけど、自分にとっては結構重要なことなので記事にしておきます。


まず一番目の窮屈ってやつ。これは、ネクタイのことですよね。僕、首が絞まる服ってあまり好きじゃないんです。窮屈じゃないですか。閉所恐怖症なのが関係しているのかはわからんですが、窮屈なこととか窮屈なところはあまり好きじゃないんです。

二番目の暑い。気候的に暑いのは問題ない、といいますか、むしろ好きなんですが、服装的に暑いのは苦手。ネクタイだってそう、首が絞まると体が温まる仕組みなのか、暑くないですか?基本的に自分は新陳代謝が激しいので、汗はよく出る方かと思うんですね。ホテルマン時代や外回りの営業時代などスーツを着てはサービス精神旺盛で動き周っていると、汗でびしょびしょになり、もう水をかけられたくらいにスーツが濡れてくるんです。それを見て先輩などは逆に褒めてくださった人もいるんですが(大抵は笑い話)、単純に、お客さんからしてみると、どちらかというとエチケットがなってないですね。汗を異常にかく人にサービスや営業されるのを不快に思う人はいても、快適に思う人はいないと思うんです。・・・というのは屁理屈であって、服装的に暑いのはそろそろ卒業しようと思ったりしたのでした。

三番目の、他の人と一緒になってしまうから。尾崎豊的に言いますと、群衆に紛れ込まれるのが嫌なんです。みんなが甚平着てたら、僕は一人でスーツ着てるかも知れません(ネクタイはししないですけど)。それに、常識なんかクソ喰らえと思ってる自分には、「スーツじゃないとダメ」とかゆう考えの人とは合わないかなーと思っているんです。いや、考えには人それぞれあるので、そうした人を否定しているわけでは決してないんですが、良くも悪くも“相性”ってあるじゃないですか。これって馬鹿にできないと思うんです。常識や世間を重んじている人と、一方では常識なんぞ鼻クソぴょんぴょんと思ってる人、また、自分の中の常識を覆すことこそ大好きな自分ですから。。

偉そうなことを言っていますが、実はこれ、20歳の時、社会に出てから比較的感じていたこと。今までは、こんなこと、ずっと思ってはいたものの、口にする暇がなかった。つまり、こんなこともやっと言えるようにはなりましたという話。それも、がむしゃらに行動して頭ではなく、“体”で学んだからなんでしょう。

でもね、そんな僕だって、スーツを着ることはあります。例えば友人の結婚式とかね。これは、上とは話が別なことは言うまでもありません。まさか自分だけバカみたいに甚平で参列して、大切な友人の大事な晴れ舞台の場を壊すわけには参りません。ただ私の場合、これは常識によってなされるものではなく、“義”によってなされるものではあります。



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2014年11月19日水曜日

はじめてをはじめる時にぶち当たる、聞いた通りの7つの艱難

よく言うじゃないですか、こうゆうことは。これは、本当にその通りだと思う。よく本とかでもあるじゃないですか、自動車王と呼ばれるヘンリーフォードなどは、何十年働いて貯めたお金で自動車を数台買い、買ったと思ったらそれを全部解体しだしたのだと言う。それを見た周りの人、家族ですら彼が本当に狂ったのだと思ったらしいって。これ系の話はよく聞くからか、私は変わっている人には興味があるし、私自身、普通であることを嫌がる習性がいつのまにか身についてしまっている。

今思えば、新しいプロジェクトを立ち上げるのに自分自身も含め、何件も携わらさせてもらっています。そんな中、いくつか言えることが、あります。それでは、はじめてをはじめる時、つまり、新しい「何か」をはじめる時にぶち当たる艱難とその解決法を見て参りましょう。



■1. 変な人だと思われる


まず、こちら。そりゃ、そうだ。逆に、「変人」と思われるくらいじゃないと、その人がやっているようなことは、「普通」である。その人が「普通」である限り、大事は成せないと思っとります。人とは違った「変人」と思われるくらいになってはじめて、スタートラインに立ったと言ってもいいくらいだ。ここでの解決法は、変な人に、なる。他人の目を気にしない、図太い感覚、強い精神力を持つことです。


■2. 批判される


世の中にはこちらが頼んでもないのに、批判する人がいます。「そんなのできっこない」だとか、「それはやったけどダメだった」とか。こうした批判する人への対処法は、右から左に聞き流すこと。もしくは、理由を作ってでも、そっとその場を立ち去ってみることをおススメします。できないと考えて思考がストップしている人にどんなに「うまくいくか」を議論したところで、これは時間の無駄。評論家を相手にして人生の貴重な時間を無駄にするほど愚かなことはありません。物事を成す前の人間がいくら真実やアイデアを言ったところで、それは人には非常に伝わりづらい、ということもあります。まずは玉を取るのが肝要であることを、最近特に感じます。


■3. 周りの友人と比較して、あせる


自分の周りを見ると、誰々が結婚して、子ども生まれて、マイホーム購入して・・・となり、自分が取り残されているようにも思うかもしれない。でも、どこかの外人さんが言ってました。「人は他人と比較することを止めた途端に、幸せになれる」みたいなこと。人間というのは、自分と他人を比べる時、必要以上にその他人のことを幸せだと思う傾向があるようです。特に今はFacebookとかありますからね、、この外人さんの言うことは本質的に的を得ていると思います。人は誰もが、何かしらの問題を抱えて生きているものです。人と自分を比べるのは、今すぐ、もう、よしましょう。


■4. 金欠になる


あとね、単純に金欠になりますよ、大抵の話。だって新しいことなんかいきなり収益モデルが安定するわけがないじゃないですか。世の中、みなさん耳にタコができるくらいに聞いた通りに甘くはないすよね。ただね、そうならないように綿密にプランだけ立てて行動しないよりかは、とにかく行動をした方が、いいと思います。どうせプラン通りになんかいきませんので。かの高杉晋作だって、「あとはその場その場で絵を描いてゆけばいい」と踏み切ってあの功山寺で立ち上がったわけですから。かっこいい。


■5. 社会的信用の件


これ、ある時突然気づいたんですけど、あまりに一人でやりたいように動き周っていると、社会的信用もなくなっていくんです。何故なら、人は、年をとっていくものなんだもの。つまり、25歳の時と35歳の時で同じことをやっていたら、社会的な責任の重さがおのずと違ってくる、といいますか。クレジットカードなんかも、サラリーマン時代に複数枚作っておいた方がいいとかね、あ、これは独立する場合の話か。とにかく、はじめてをはじめる人は結果を出せなければ、何を言ったところで、また何をやったところで認められるものではありません。明言を口にした人が偉いのではなく、偉い人が言うから明言となり得るのです。ここでも解決法は、まずは玉を取ること。


■6. モチベーション維持が難しい


自分のこと、つまり、自分のモチベーションのことなんか当たり前すぎるのでここでは省略。難しいのは、一緒にその新しいことをやってくれる同志のモチベーション維持。これはなかなか大変ですよ。自分の士気なんてどうにでもなるんですが、中々結果を見出せない中で、チームを引っ張っていくというのは、簡単なことではありません。これはまず、自分の情熱の炎をまず、絶やさず燃やしていき、それを以って同志と向き合うこと、いや、向き合い続けることしかないと思っています。


■7. 孤独である


孤独ですよ、孤独も孤独。LONEY WILDってやつですな。でも、こればっかりは、自分を信じるっきゃないでしょう。自分を越えて、その向こうにあるものを信じて生き抜いてやるしかありません、昨日と明日の間を。

いや、最近若い子に試練を与えてるんですが、その姿を見ていると、昔を思い出しましてね、だって、新しいことをはじめる道を選ぶってのは、並大抵のことでは、たしかにないかもしれない。

なぜわざわざ成功するかどうかも解らない、いや、確率でいえば十中八九は成功しない道を選ぶのか、それは自分だけが知っていればいいと思う。今言ったところで、バカにされるのがオチです。

ただ、おもしろいですよ。うん、自分にはやっぱり、自分が選んだこの道が振り返ってもおもしろかったし、これからのことを考えても、ワクワクする。新しいことは、おもしろいです。
mi


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2014年11月18日火曜日

初めての不動産投資物件が、


いよいよ大きくなってきましたよー

それはそうと、私目は事故ってしまったので、当分バイクは乗りません、といいますか、怖くて乗れません。。

ということで、車を買うことに。今月末からあるモーターショーで決めようかな、と企んでおります。そしたら、定期的にシーラチャには行きますよ、何しにって、シーラチャの不動産市場の視察です。

ということで、シーラチャにこれから本格的にコミュニティも作っていくので、どなたかシーラチャでお友達になってもいいよ、という方、ご連絡くださいませ。



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2014年11月17日月曜日

海外に在住して、日本よりいただくもので最もうれしいものとは?

真心であったりしますよね。いや、くさいことを言うようですが、やっぱりそれが1番うれしいじゃないですか。

特にそれがタイのバンコクにいるってゆうのだから、正直、食材は手に入れようと思えばある程度は揃います。伊勢丹だってあるくらいですからね。ただ高いですけど。

お金を出せば食材は買える。でも、真心はお金じゃ買えません。伊勢丹でも、それから、これからチャオプラヤー川沿いにてきる高島屋だって真心というものは売ってないでしょう。

そのような当たり前すぎる大自然の法則的なことは置いておいて、実際にお客様より「何か日本のもの送りますよ」といただいたものがこちら。


もう、完璧すぎてぐぅの音も出ません。たぶん、自分が選ぶより完璧だと思うのが、バランスが取れていること。というのも、私が選ぶとしたら、カップラーメンのみで終ってしまうこと目に見えております。

それが、おもち、キューちゃん、レトルト系、みそ、お茶にふりかけ系にのり、それから極めつけが美味しい醤油。なんとバランスのとれていることでしょう。素敵すぎます☆

真心は別にして、実際にモノとして地味に嬉しいのはこうしたレトルトとか、キューちゃんとかしそふりかけとか、庶民的なアイテムです、私の場合。

何故なら、バンコクでもこうしたものは買えないわけではないんですが(種類はもちろん、限定されます)、日本の倍くらいするんです。例えば、レトルトのカレーとかいっても、カレーが食べたければ、まず外食で済ませますし、家でも言えば幸せなことに食卓に出てきます。ただ、レトルトのカレーにはレトルトでしか味わえない旨みがあるんです。わかります?それを倍出すくらいなら外でお店で食べますし、家で食べたくなったら言えば食卓に出てくる・・・の繰り返しで。

だから、レトルトの出番がいつまでまっても回って来ないんです。そんな微妙なところを見事についたのが今回のいただきものでした。

素敵すぎる贈り物、誠にありがとうございました☆



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